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きみの願いなんて、お見通しだよ①

いつの間にか、自分でも気付かないうちに、窓の外の風景をボーッと眺めていた筈の僕の目に今度は暫く会えていない仲間達の久しぶりの姿が飛び込んでくる。 それと同時に、僕が会いたくて堪らない《想太》の脇に座っていた可愛らしくデフォルメ化した彼らの人形はどこかへと消えてしまった。 一瞬、僕は敵に捕らわれていた仲間――つまり、誠や引田やミストが 戻ってきてくれたと思い込んだのだが、ふいに違和感を覚えてしまい《想太》が再び開いた本を興味深そうに覗き込みながら僕をチラチラと見つめてくる彼らの様子をじっくりと観察してみる。 冷静になって、よくよく見てみればおかしいことが幾つかある。 まず、彼らの見た目に関する疑問点が僕の頭に浮かんできた。確かに、顔は彼らに瓜二つであり、疑問を抱くような点は見当たらない。けれども、僕がどうしても引っかかったのは彼らの服装に関してだ。 もっと正確に言うのであれば、ミストの容姿と服装に関してなのだけれど。 本来であれば、ミラージュで生まれ、ずっと暮らしていたエルフであるミストの耳は人間である優太や誠達のものとは違って細長く尖っている筈だ。しかし、それにも関わらず今目の前にいて《想太》の方に寄りかかり本を覗き込んでいるミストの耳は僕ら人間のものと同じく丸くなっている。 他にも、髪の毛の色や服装についても、そうだ。 誠と引田は、見た目に関してはとりたてて変わってはいないのだけれども、ミストに関しては髪の毛の色は少し茶色みを帯びた黒になり服装も元々身につけていたとんがり帽子付き紫色のローブではなく僕らが通っていたダイイチキュウ《唏京都》にある高校の学生服を身につけている。 「な、何で____!?」 思わず、ひきつった声が出てしまった。 『優太くんったら、どうかしたの?まるでアニメか映画に出てくる魔物でも見るかのように霧人を見てくるなんて……』 『本当に、どうしたんだ?これから、学校に行くんだから……寝ぼけてる場合じゃないぞ――なあ、霧人?』 誠と引田にそっくりなナニかが、驚愕で顔を引きつらせてしまったままの僕へと話しかけてきたため、更に困惑してしまう。話についていけないのは、僕にとっては異様なことが山積みなのにも関わらず目の前にいる誠や引田、それにミストにそっくりな《ナニか》にとって当然のことのように認識しているためズレが生じているせいだ。 「き、霧人って、それに、学校に行くって____いったい……」 『ここは、叶えようのない夢が叶う場所……。夢を叶えられない哀れなみんなの手助けをしてあげられる場所……ほら、あれを見てみなよ。ねえ、優太?あれは、未来の霧人たち……ミラージュとかダイイチキュウの《唏京都》とか――そんな境目なんてなく楽しく学校生活を送る希望に満ちた夢。それに、優太にとってほしくて堪らなかった母と父――それに双子の弟との大事な安らぎのひととき。ある約束さえ交わせば、それが永遠に続くんだ……』 学生服を着て、黒髪を揺らす《霧人》と名乗るナニかはニッコリと頬笑みながらチラリと横に座る《想太》にそっくりなナニかへと目線を送る。 『簡単なことさ、優太。この本に、ペンでサインしてくれるだけでいいんだ。自分の名前を書くだけのことをしてくれれば、あそこにある僕らの夢は永遠に手に入るんだよ。それって、素敵なことだよね?』 おもちゃの列車の窓から見える風景を指差しながら、勝ち誇ったかのような表情を浮かべてくる《想太そっくりのナニか》につられて僕はそちらへと目線を運ぶ。 ダイイチキュウとミラージュとの境目などない魔法が存在する【唏京都】で、僕らにそっくりなナニか達が、はしゃいでいる光景が見える。 瞬きをすれば、元の世界ではケガで引退を余儀なくされて落ちぶれてしまった騎手の【白波 希星】が青白く光輝く白馬に乗って周りの人々から割れんばかりの拍手喝采を浴びている風景が見えてくる。 「……う……違う……っ____!!ここは夢が叶う場所じゃない。ただの、偽物の世界だ。たとえ本物そっくりだとしても……僕らがいるべき世界じゃない!!」 と、割れんばかりの大声で僕が《想太そっくりのナニか》からの提案を拒絶した直後のことだ。 急に、今まで走り続けてきた《おもちゃの列車》に途徹もない異変が起きた。 僕のいる位置からは見えなかったけれども、おそらく外側からナニか大きなものがぶつかってきたのだ。 その証拠に、ドンッという大きな衝撃を受けて僕の体は撥ね飛ばされてしまい、床へとうつ伏せになってしまった。 『まだ、そんなことを言っているのか。そこにサインすれば、ダイイチキュウでのつまらない生活を捨てて自由になれるのに……。ミラージュで、双子の弟を救えない惨めさも捨てて気楽に過ごせるのに……。本当にきみは愚か者だね……優太くん?』 横の通路へと、うつ伏せになった状態で、僕は慌てて懐かしい声が聞こえてきた方向へと顔を向ける。 全ての窓に、久しく会っていなかった存在が映っていて情けなくも床に放り出されている僕を見下す下卑た笑みを浮かべている。 「さ、猿田くん……!?」 『おおっと、そんな悠長なことをしていていいのかな?きみは、この世界を支配する、とある魔物の怒りをかったようだよ……ここは、きみが望んだ冬の世界____いつまで、無駄に抗っていられるのか見物といこうか』 元クラスメイトで、今は敵となった猿田が宣言するや否や――僕に襲いかかってきたのは反論はおろか声さえも碌に出すのを許しはしないといわんばかりの寒さ。 まるで、体を針山で貫かれるような強烈で簡単には抗えないような衝撃を受けてしまったのだ。 それと同時に、次に僕へと襲いかかるのは人間にとって抗いがたい猛烈な眠気だった。

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