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ようこそ、【カレ、、のせかいダ】へ①

サンが鬼のように恐ろしい顔をしながら放った矢は《想太》には当たらなかった。 僕の目には確かに《想太》に当たったように見えたにも関わず、瞬きすらする暇もないくらいに瞬時に座席から姿が忽然と消えてしまっていた。 からん、という音を立てて矢は床へと落ちてしまう。 だけど、それでも冷静沈着なサンは眉間を寄せて不快さをあらわにしつつも、決して汚い言葉を吐いたりはしない。新たな矢をすぐにでも放てるように、再び構え直すのだ。 数秒前には、涼しい顔をして本を読んでいた筈の《想太》は――今や車内を見渡しても何処にもいない。 けれど、座席にちょこんと座ったままの《ミスト》、《引田》、《ライムス》にそっくりなデフォルメ化した人形はその場に残っているため、そのちぐはぐな事態に対して何とも言えない気持ち悪さを感じつつも拾い上げ丁寧にそれらを全て鞄の中にしまった。 今まで静かな怒りを抱いていたサンは、僕のその行動に対しては特に何も言わず、かといって警戒心を緩めた訳じゃないのか決して構えている弓矢を降ろそうとはしていない。 この奇妙な《おもちゃの列車》に乗り込んだ時よりも、確実に内部が薄暗くなり、かろうじてサンの姿を視認できるくらいには闇に包まれつつある。 そんな不気味さに包まれていく《おもちゃと列車》に取り残されている僕とサンだったが、それよりも更に不気味なのは、この【敵】が僕らに対して何ら危害を加えようとしてこないということだ。 正直、今の時点では明確な【敵】が誰なのかでさえもハッキリしていない。 チカなのか、それとも金野力なのか、または、このミラージュに飛ばされて過ごすうちに闇に心地よさを感じていっている猿田なのか____。 「サン……敵の気配すら感じない場合は、いったいどうしたらいいのかな?」 「ユウタ……お前は本当に世間知らずなのだな。こういう場合は、黙って、ここにとどまっておくことだ。我らが今とは別の行動をすれば、敵の罠に嵌まりかねない。敵は、姿なくとも必ずどこかで我々の行動を見ているはず……。こうしていれば、シビレをきらしたヤツが……先に別の行動をとるはずだ」 弓矢を構えたまま、サンは極めて小さな声で僕へと囁きかける。やはり、サンはとても冷静だ。 こんな異状事態でも、慌てふためいたりはしない。彼は常に先を見越して、行動できている。ガクガクと膝が震え、キョロキョロと不安げに辺りを見渡している僕とは雲泥の差だ。 ____と、サンの冷静沈着さに感心すると同時に己の未熟さにウンザリしかけた直後のことだ。 【え~、、次の駅は……《カレ、、のセカイだ》《カレ、、のセカイだ》____です。お降りのお客様は新たなるセカイをお受けになることにお喜びを感じる心構えをするようお願い致します】 ふと、今まで不気味すぎる程に静寂に包まれていた車内に新たな異変が起きる。ザー、ザー、というノイズが暫く響き渡った後に、スピーカーから再び聞き覚えのある男性の声が聞こえてきたのだ。 あの、【おかしなダイイチキュウの学校】の夢の中で話しかけてきた男性の声と全く同じく人によっては心地よさを感じられるくらいに重厚感のあるバリトン声が狭い車内によく響く。 そして、ここにきてようやくその聞き覚えのある男性の張りがあるバリトン声を持つ主の正体に心当たりがあることに気付いた。 いや、むしろ____以前と今とで、その男性の声が二度も僕へ聞かせてきたということで、この奇妙なセカイでの明確な【敵】が明らかになったといっても過言ではない。 「この、声……これは____かつて僕らが通ってた学校の体育教師……だった、あいつの声____鬼根塚の……声だ。じ、じゃあ……やっぱり……やっぱり、このセカイの敵は……」 ぶつ、ぶつと唐突に呟き始めた僕に対してサンは見過ごせないくらいに強い訝さを感じたのだろう。 ほぼ無意識の内に、いつの間にか開かれていた出口のドアへと進んでいた僕の腕をグッと掴んできた彼。 けれど、そんなサンの思いなどお構い無しに僕はある目的のために出口へと駆けていく。 もちろん、僕を心配してくれて止めようとしてくれているサンには悪いことをしたと思ってはいるし、自ら【敵】の罠に嵌まるという馬鹿げた行為をしているのも分かっている。 でも、僕が今ここで《おもちゃの列車》から降りなければ、:永遠に【彼】は苦しみと罪悪感に苛まれて愚かな行為を繰り返していく未来が目に見えている。 ドアから一歩、足を踏み出しかけた時、それでも再びサンが厳しい顔で僕の腕を掴んで車内へと引き寄せようとしてきた。 ____が、その直後に《おもちゃの列車》の車体に何かが激しくぶつかったような衝撃があり、その凄まじい揺れのせいで僕は引き止めようとしてくれていたサンもろとも車外へと飛ばされて放り出されてしまうのだった。

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