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ようこそ、【カレ、、のせかいダ】へ③
*
そして、今に至る。
かつてダイイチキュウにて一度しか訪れたことがなかった見覚えのある【駅】の外には、今まで巡ってきた【世界】とは比べ物にならないくらいに異質で奇妙としか言わざるを得ないような造形物に囲われた不気味な光景が広がっているのが分かる。
今、存在し地に立っているというだけで、僕とサンへ凄まじい危機感を抱かせるくらいに【この世界】は重々しく圧を放ってくるのだ。
まるで、ダイイチキュウでの授業で使っていた《モノサシ》みたいな形をした大小様々なビルが織り成す圧迫感のある景色が眼前に広がっている。
薄い茶色で等間隔で星と呼ばれる赤い点がある竹尺にそっくりな姿形をしたものや、透明で細かく数字の目盛りがあるものなど色と材質の違いはあれども、いずれにせよ今にも動き出しそうなビルに押し潰されてしまいそうな程の強烈な圧迫感を覚えることに変わりはない。
それから逃れるかのように、真横へと目線を動かせば飛び込んできたのは、鉛筆のように六角計で濃い緑色の電柱らしきもの。更に、不安と戸惑いを覚えつつキョロキョロと動かした目に赤や青、それに緑色といったカラフルな六角形の電柱らしきものまで飛び込んでくる。しかも、奇妙な電柱には【晞京都 291】やら、他のものにも【晞京都 444】、【晞京都 0901 】といったダイイチキュウに住んでいた時の場所や謎の番号が書かれた標識らしきものが張ってあるのが見えて困惑することしかできない。
ふいち見上げた頭上には、まるで赤と緑、それに青の絵の具を溶かして水を張ったパレット上にてスポイトで彩りの絵の具を落として、更に爪楊枝でゆっくりとなぞり混ぜ合わせた後、最後にその水面に半紙を浸して移しとった時に出来あがるような不気味なマーブル状の空。
異様な【世界】にも関わらず、何事もないような顔や中には満面の笑みを浮かべながら歩いている通行人たち。
よくよく見てみると、皆が皆、両手に様々な色のリボンと模様が描かれたプレゼント箱を抱えながら此方には見向きもせずに各々のペースで歩いている。
そんな奇妙な光景を目の当たりにして、隣にいるサン共々呆気にとられていた所____、
【天使のような良い子、模範となる良き大人の皆さん……早く家族の待つ《お家》に帰りましょう――今日は夢がかなう素晴らしき日。みんなで共に帰りましょう……。天使のような良い子、模範となる良き大人の皆さん……早く____】
ふと、少し遠くに見えているコンパスの形に瓜二つな防災行政拡声器らしきものから天使のごときソプラノ声のアナウンスが聞こえてきて僕は咄嗟にそちらへと顔を向けてしまう。
その誰しもを誘惑させる美しいソプラノ声は、猿田の声と瓜二つだからだ。
確信があるわけじゃなく、ほぼ本能的な行動だが僕はまるで誘蛾灯に魅了された儚き虫のようにフラフラとした足取りで、コンパスみたいな形をした不思議な建物の方へと歩いて行こうとする。
その直後、真っ白い光と共にけたたましく鳴り響くラッパによく似た音。
予期しない出来事に思わずピタリと足を止めてしまい、その後はまるで地蔵のように固まってしまうことしかできなかった。
____車だ。
まるで、ダイイチキュウの子供の頃に、なけなしのお金で買ってもらったダイカット消しゴムみたいにカラフルな一台の車が呆然として声すら碌に出せずに固まっている僕の方へと直進してくるのが見える。
キー、……キキーッ____!!
少しして、辺りに響くブレーキ音。
そして、咄嗟に目を瞑ってしまう僕。
けれど、強い衝撃は来なかった。
不思議に思いながらも、ゆっくりと目を開ける。
車型にかたどられたダイカット消しゴムみたいにカラフルな車の中から慌てて出てきたのは、思いも寄らない存在で僕はまたしても呆然としてしまう。
『おい、キミ……大丈夫か!?』
灰色のスーツを来て、紳士的な態度で此方へと近づいてきた肌が緑色のリザードマンなんて元いたダイイチキュウでなんて見たことがない。ましてや、人間に対して紳士的かつ友好な素振りを見せるリザードマンなんて架空の絵本ですら見たことがない。
「も、もしかして____ここって…………この世界って…………」
蚊の鳴くように小さな声で呟いたため、此方のひとり言はリザードマンには届いていないようだ。
ただ、
『ねえ、どうしたの!?兄ちゃん……早く暖かい《家》に帰ろうよ!!』
少しして、車の中から出てきたのが今は離ればなれになってしまい行方不明中である《引田》にそっくりな少年だということに気付いた僕はあまりの驚きで後ろへとよろめいてしまい、珍しく同じように言葉を失ってしまっているサンにぶつかってしまうのだった。
引田に《兄》がいるなんて、聞いたことがない。ダイイチキュウにて共に暮らしていたのは生意気な《弟》だと聞いていたはずだ。
ましてや、緑色の肌をもつリザードマンの《兄》だなんて――有り得ない。
『ねえ、早く!!早く!!人間なんて放っておいて、今日は叶えられないはずの願いが叶う夜――支配者が新しく生まれ変わる聖なる日。だから、早く《家》に帰ろーよ……ねえ、兄ちゃん』
そういえば、引田はずいぶん前に生意気な弟よりも兄が欲しかったと、ぼやいてたことがあった。
『分かった、分かった。本当に、お前は可愛いな……じゃあ____』
リザードマンは呆れたような顔をしながら、《幼い頃の引田のようでそうじゃないように見える少年》の頭を撫でた後に、焦げ茶色の鞄からある物を取り出して、それを僕へと差し出してきた。
『此方の不手際で、本当に済まなかったね。では、聖なる夜にこれをキミにあげよう。それでは、良き夢を……』
そう行って、リザードマンと《幼い頃の引田のようでそうじゃないように見える少年》の手をとると、そのまま車へと戻り――どこかへと去って行ってしまう。
「あれは……本物のヒキタじゃない。私達は、この奇妙な世界で……ヒキタとミスト、それにマコトを探さねばならない」
「…………うん、そうだね」
サンとそんなやり取りをしながらも、僕はリザードマンから貰った赤い物に気をとられていた。
真っ赤にキラキラと輝くそれは、クリスマスツリーに飾る丸いオーナメントに、そっくりなのだ。
何故、それを拒否することもなく『受け取らなければいけない』と猛烈に感じた理由は僕自身にも分からない。
でも、僕の右手に乗っかっているそれはダイイチキュウで見たことのある星と同じくらいにキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。
「おい……いったい、それは何なのだ!?」
「これは、オー____」
と、言いかけた所で気付く。
ダイイチキュウの町で暮らしてきた経験のないサンは、これが何なのか分かりようがないのだ。
説明しようと思ったけれど、うまく伝えられる自信のない僕はそれを止めてしまった。その代わり、サンの腕を引っ張ると、リザードマンと少年と別れた直後から妙に気になっていた場所へと走って行くのだった。
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