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一角獣の出現②
(今のサンだったら、僕がやることを……認めてくれる____早く、早く……何か手掛かりを見つけなきゃ……この世界から抜け出す手掛かり……)
そう思った直後、僕はふとさっきの缶が出てきた《自販機みたいなモノ》の方へと目を向ける。
どうして、本能的にそっちへと目をやったのかは正直自分でもよくは分からない。だけど、僅かながらそうしなければいけないという気が心の中にあったからだと思う。
そして、ある違和感に気がついた。
この【世界】____猿田が支配者となっている【不気味な世界】ではダイイチキュウを基盤としているのがよく分かる。
例えば、辺りの景色は僕ら三人が嫌というくらいに毎日のように通っていた《通学路》を基盤としている。
それに、車や防災用のアナウンスを流す機械があり電柱が存在するなどあちこちにミラージュには存在しないモノまであるのだ。
おそらく僕ら三人――といっても今は僕のみだけど精神的負担を抱かせるためにそういう風な【ダイイチキュウを模した世界】をわざわざ作り上げて閉じ込めていると判断して良さそうだ。
そして、基となる用途――例えばさっき僕へぶつかってきた《カラフルな消しゴム車》は【道路を走る】という動作そのものはダイイチキュウと比べて特に変わりなく行われていた。
更にいえば《自販機みたいなモノ》はボタンを押せば【欲しい飲み物が出てくる】という動作そのものもダイイチキュウと違いがない。
ただ、本来であれば人間という姿がミラージュに暮らしている種族に変わっていたり、引田の行動がおかしかったりとゲームでいうところのバグ的要素はあるのだ。
いや、あるというよりも、むしろ僕らを追い詰めるために猿田がわざとそうしているとしか言い様がないように思えてしまう。
そんな風に思っていた直後、ハッと我にかえった。
こんなことを悶々と思い悩んでいる場合じゃないのだ。サンと幻想的な白い馬は膠着状態とはいえ、いつ何が起きてもおかしくはないのだから頭の中でごちゃごちゃと考えるよりも警戒しつつ何かしら行動をしなければいけない。
そして、僕は【ダイイチキュウにある自販機みたいなモノ】へと近づいた。
ふと、それの取り出し口が、さっき缶を取り出した直後からずっと開いたままなことに気付く。
これはダイイチキュウでの《自販機》ではおかしいことで、僕ら三人が暮らしていた時の取り出し口は落ちてきた缶を取り出したらウィーンと独特な機械音を立てつつ自動的に閉まる仕組みになっていた。
しかし、これはさっき【ダイカット型消しゴムみたいでカラフルな車】で起きたものとは違って、ほんの些細なバグ的要素だ。冷静なサンに言わせれば『そんなものは取るに足らないようなことだ』という小さな異変かもしれない。
でも、手掛かりさえ見つからない今は藁にもすがる思いで開きっぱなしの取り出し口に手を突っ込んだ。
何か固いものに手が触れる。
拾い上げたそれらは、とても小さなものだ。
しかも、急いで両手ですくいあげたものは、ひとつだけじゃない。
クリスマスに飾りとしてツリーにぶらさげる五つのオーナメント。
《光輝く金の星》、《顔のない天使》、《真っ赤なりんご》、《白いベル》、《黄緑色の杖》____。
それらのオーナメントが落ちてきた意味を考えることで必死になったせいで集中力を欠いてしまっていた僕。
サンが険しい顔付きをしてこちらへと駆け寄ってきていることに気付けなかった。
ようやく、それに気がついた時には既に、今まで静寂を貫いてきた《敵》が、ある行動を起こしていたのだ。
その異変を自覚した時には、既に遅すぎたのだ。
突如として辺りからクスクスと愉快げで甲高い鳥の囀りのような笑い声が聞こえた。
それは、僕らをこの狂った世界へと案内してきた青白く光る幻想的な女性の笑い声。
しかも、既に彼女は一個体として存在している訳じゃないのは、絵本に出てくる妖精みたいにふわふわと四方八方を飛び回る複数の姿を目の当たりにして靄がかかったかのようなハッキリとしない頭の中でも何となく理解できた。
《敵》である猿田は、此方よりも一歩上手だったのだと否が応でも気付かされた時には、真下にいつの間にか黒い穴が出現し、僕の体はまるで掃除機に吸われる塵のように吸い込まれて奈落の底へと落ちていってしまうのだった。
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