680 / 713

よく聞いて。心は【無】じゃないんだよ②

僕が今囚われの身となっている場所から少し離れた所に、《時計の彫刻》が白い砂に埋まっているのが見えた。 中央から真っ二つとなり、尚且つ逆さまの状態となり白い砂に埋まりつつある《時計の彫刻》は針も動かずチックタックという独特な音も出ていない。 けれども、その《時計の彫刻》が妙に気になった僕は小さな敵によって精神を侵されつつも僅かにとはいえ心に残された理性で、それを観察する。 秒針が互いに動き合っている様子はない。《23時59分》という半端なく微妙な時間を指して、これは止まってしまっている。 そのことに気付いた僕は【小さな敵の群れ】の攻撃によって精神を侵されつつあるサンの顔をジッと見ながら、こう言った。 【ねえ、サン……ダイイチキュウにはシンデレラというお話があってね、あれみたいに半端な時間じゃ哀れなお姫様と王子様は永遠に結ばれないんだよ。僕はサンと永遠にいたい……だから、僕をあそこまで連れいって……ねえ、お願い……】 できるだけ、僕とサンの身にしつこくまとわりついてくる《小さな敵の群れ》とそれを操り続けているに違いない【猿田くん】の思い通りに事が運ぶように(サンと永遠に結ばれたいと思う精神攻撃に完全に侵された)僕が言いそうな言葉をわざと選んでサンに甘える素振りをしたのだ。 もしも、ここに誠がいたら怒られてしまいそうなこの行為をしているのは、むろん《逆さまな時計の彫刻》が気になるのもあるけれども、それと同時にサンを救いたいという意思からくる《理性》がまだ僕の心に残っているためだ。 僕の偽りともいえる言葉を聞いた後、侵食の具合が更に酷いサンは正常であるならば滅多に浮かべないような穏やかな笑みを此方へ向けながら、あろうことか、いわゆるお姫様抱っこの格好で僕の体を抱き合げると《逆さまな時計の彫刻》の方まで進んでゆく。 とはいえ、この瞬間でさえも決して油断してはいけない。 僕がサンと仲睦まじく、永遠にこの【無】の世界にいたいと願っているように見せかけなければ――。 【猿田くん】が、そう勘違いするように装った状態を保たなければ全てが【無】にかえるのだから。 * サンに連れられて《逆さまな時計の彫刻》がある場所についた。敵である【猿田くん】に勘づかれないように装いながら身近に来れたことで、あることに気付けた。 《逆さまの状態で砂に埋まっている時計の彫刻》の長針と短針の形が、ダイイチキュウで通っていた学校の旧校舎にある《使われていない美術室》に落ちていた彫刻刀の形にそっくりなことだ。 それに気付いた途端、僕はこれから何をすべきなのかということを直感的に理解してしまった。 この白く無機質で閉鎖的な世界に囚われ続けてしまっているのは元クラスメイトかつ、今は敵という立場にある【猿田くん】によって僕の弱みにつけこまれ、尚且つそれを利用されたことが原因となっている。 僕の弱みは、誠という愛する存在がいるにも関わらず、それとは別に仲間であるサンに対して特別な想いを抱いていることだ。それは、誠に抱いているような恋愛感情というよりも『こんな風になりたい』というような憧れの念だけれども【猿田くん】にとってはそんな些細な違いなんてどうでもいいのかもしれない。 彼の最大の目的は僕の弱みを利用して、尚且つ屈辱に囚われる僕の顔を見つつ、この無機質で閉鎖的な世界に永遠に閉じ込めることなのだから。 かつてダイイチキュウの学校で体育教師をしていた鬼根塚先生に盲信的な愛を抱いていた【猿田くん】は、僕のある言動のせいで永久に鬼根塚先生と愛を語らうことができなくなってしまったせいで恨みを抱いているのだ。 (僕の目的は、この世界から脱出してサン達を救うことだけじゃない……猿田くんが僕に対して抱いている、あの時の誤解を解かなくちゃ――猿田くんも救わなきゃ……) 二本の《彫刻刀のような秒針》の内、長針に瓜二つな方へと手を伸ばしてみる。それは、とても脆い。 このまま力を込めれば木の枝のように細いそれはポキッと音をたててもぎ取れそうだと判断したため、力を込めすぎないように注意深く――しかしながら、時間がないため瞬時にそれを行った。 そして、サンの方へ目線をやり互いに合図をすると勢いよく《彫刻刀に瓜二つな形の長針》を彼の胸へと突き刺す。 見る見るうちにサンの胸に黒い穴があいていく。 けれども、サンに痛がる素振りは見られない。 それを確認した僕は、この無謀ともいえる行動が《正解》だと確信し、目の前にいるサンとほぼ同じタイミングで両目を固く閉じるのだった。 *

ともだちにシェアしよう!