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白と灰に染まりし、沈黙の時計台⑤

「い……っ____!?」 反射的に「痛い」と言いかけてしまったが、見た目が愛らしいウサギにしては意外なくらいに鋭く長い牙に突き刺されたにも関わらず、不思議なことに痛みがないことに気付いて咄嗟に右手で噛まれた場所に触れてみる。 そして、更に奇妙なことに気が付いてしまったのだ。 あれだけ鋭い牙に噛まれ、しかも黒い毛に黄色い目という奇妙なウサギの口元が赤く染まっていても、僕の首から血が流れ落ちている形跡がない。 本来ならば、触れた右手に血がついてもおかしくない筈なのに____。 それに、人間には――いや、人間以外であっても動物であるならばなくてはならない筈の《痛み》を感じないというのも不気味なものだと思った。 さらにいうと、触れた首の部外は異様に固く血が通っている感じがしないというのも不可解だ。 そういう病気がダイイチキュウには存在するのは知識として知ってはいるけれども、僕はその病気にかかったことは一度もないのだから。 しかも、先程噛まれてしまった箇所に触れた時――固いという特徴を感じただけではなく、それと同時にひんやりとした氷のような冷たさも感じたのを思い出す。 それは、氷そのものに直接触れた時に抱く感覚というよりも――むしろ、かつてダイイチキュウの美術室にあった彫刻をウッカリ落として割ってしまい、それを拾うために触れた時に抱いた感覚の方が近いような気がした。 そして、黒くて黄色い目を持つウサギはとても素早い。 更に、その牙に噛まれてしまうと《彫刻》のように体が変化させられてしまう。 敵の動きが素早いというのは、とても厄介なのだ。 それだけでなく、こちらの体を変化させてしまうという特殊な攻撃もするのだから尚のこと、早くこの世界から《僕ら》という存在を絶ち切り、行方不明中である他の仲間全員を見つけ出した上で共に脱出しなければいけない。 そのためには、一時的に離れ離れになっていて今は《砂場》の方にいる筈のサンと無事に合流し、この世界にある筈の【(サン以外)の他の仲間がいる場所の手掛かり】を何としてでも見つけなくてはならないのだ。 けれど、今のこの状況で――この広い【かつてのダイイチキュウそっくりな町】をサンと共に駆け巡り、且つ、すばしっこくて厄介な敵から逃れながら闇雲に【手掛かり】を探していくのは、極めてリスクが高いと考えた。 (手掛かり……みんなを探し出す――手掛かり……) 半ば無意識のうちに、僕の手はズボンの中に入っていた。 そこには、固くて小さなものが、幾つか入っている。 奇妙な町の自販機っぽいものの中から出てきた――オーナメントみたいなものが。 その時の意識は《いつの間にか姿を消していた敵のウサギがどこから現れるか》ということに支配されていたせいで、それを取り出してマジマジと確認することは出来なかったけれど、少なくとも僅かにだが【みんなを探し出す手掛かりを見つけるキッカケ】として頭の片隅に浮かんだのは確かだ。 警戒は解かずに、周りに神経を集中させながらも僕は考えた。 ダイイチキュウそっくりな奇妙な町にあった自販機っぽいものからオーナメントらしきものが出てきた、その《意味》を____。 この町に来る前に、ダイイチキュウでありながらもダイイチキュウとは似ても似つかなかったクリスマスみたいな雰囲気が漂っていた奇妙な町に降りたった《意味》を____。 オーナメントらしきものは、ちょうど五つある。 そして、その全てはダイイチキュウで見たことのある――ありふれた形のものだ。 《星》、《顔のない天使》、《林檎》、《ベル》、《杖》____。 (きっと、これを――あそこに吊るせば……僕らの願いは叶うはず……っ……) 《あそこ》が、いったい何処にあるのか、既に僕の頭には心当たりが浮かんでいる。 だから、今は何らかの理由があって《砂場》から抜け出せずにいるサンを助けることを優先しなければ――と、改めて思い直すと急いで駆けて行くのだった。 *

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