＊ それから、僕とサンは誠達が捕らわれているであろう場所へ向かって、後ろ向き駆け続けていった。 そんな風にして目を瞑りながら、しかも後ろ向きで奇妙な町中を進んで行ったのは、正直言って深く考えたうえで出した答えではない。 ただ、この奇妙な町に僕らを閉じ込め、尚且つ――どんなに《公園》から出ようとしてみても出れないという現象が敵による攻撃だというのならば、やつらがそういう風に僕らに感じさせているのではないかという考えに至ったのだ。 幻覚だ＿＿＿＿。 この《公園》の景色、それどころか《奇妙な町の風景》が全て敵の攻撃によって生み出された幻覚によるもの。 つまり、分かりやすい物理的な攻撃方法ではなく全てはサン以外の仲間と離れ離れになっていて不安を抱い僕と、本来の姿を無理やりさらされたせいで怯えきって自身の存在理由を失ってしまっているサンに対して仕掛けられた【精神錯乱攻撃】によるものではないかと思い当たったのだ。 そうなると、正攻法による逃避方法では上手くいきっこないのは幾ら鈍感な僕でも分かっている。 更に、そんな厄介な敵に勝負を挑むのはサンが弱りきり、更に他の仲間と離れ離れとなっている現状では明らかに不利になる。 目を固く瞑ったのは、幻覚なんかに惑わされず逆に集中力を欠かさないようにするためだ。 でも、後ろ向きで走っているのは――さっきから意気消沈しきってネガティブな思考に支配され、黙り込んでいるサンに対して、どうにかして負の連鎖に陥ってしまい後一歩で取り返しのつかなくなりそうな今の現状から真っ向に立ち向かってほしいからだ。 もちろん、「これは敵による幻覚攻撃だ。だから本来の自分を見失っていないで強いサンに戻ってほしい」と言葉でストレートに伝えることも充分に可能だ。 何せ、彼は理想であるエルフの姿ではなく、(おそらくだけど)エルフではなく別の下級魔物同士が組み合わさった混合種という本来の姿に戻っているとはいえ、さっきからずっと僕の背中におぶさっているのだから、それを伝えるのは容易なことであり、それ自体は難しいことでもない。 だけど、僕はその選択肢を絶対に選びたくはなかった。 恋とかそういう感情じゃなく、僕は今まで想太や知花を探す旅をしていく中で、かつては敵であったサンに対して徐々に憧れの感情を抱いていて、それは今も尚――続いている。 それは、むしろ【尊敬】という感情なのだろうと感じる。 いつだったか、サンは人間の顔を奪うスティール・フィッシュの群れが住みかとする泉で身を犠牲にして僕を助けてくれた。 だから、今度は僕がサンを救う番だ＿＿＿。 そして、それはスティール・フィッシュの泉で彼が助けてくれた時のように、とても分かりやすい方法で直接的に助けてくれるというものだけが正解ではないと思う。 今、僕がサンに対してしているように《再び目を開けて、この異様な現状と立ち向かう覚悟をもってほしいけど、わざと言葉には出さない》という方法は、とてもじゃないが分かりやすいとはいえないし直接的に救う方法ともいえないような気がする。 (でも、それでも、僕は＿＿＿＿いや、僕らは…………) もしかしたら、再びあの《公園》に戻されて何度も同じことを繰り返すんじゃないかという漠然とした不安を抱きながらも、後ろ向きで目を瞑りながら町を進んでいくという行為を止めるわけにはいかないと、一縷の望みを託しつつ暫く経った時のことだ。 「……あ、あの…………木、なのか……あれは、何だか……気になる。ダイイチキュウのニンゲンが言うところの……ム、ムナ……」 「胸騒ぎ？」 「そ、そうだ……王様が、ずっと前にに教えてくれた……ムナサワギとやらがする。ざわざわとして、気持ち悪い＿＿＿＿」 ぼそっと、背後からサンのしゃがれた声が聞こえてきた。 まるで、幼い子供がしゃべった時のような口調だ。 それは、とても小さな声で蚊がなくようなものだったけれども僕は途徹もなく嬉しかった。 今までひたすら黙っていたサンが再び話したということは、これからの《希望》に繋がるからだ。 それとほぼ同じタイミングで、ズボンのポケットが、ピカッと一度光ったことに気がついた僕だったが、それは一旦置いておいて、《自らの存在理由》を取り戻しかけているサンと共に彼が気になったという【特徴的な形をしている木】へと向かって進んで行くのだった。 ＊