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【さあ、タタカイの時間ね】①
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次に目を覚ました時には、僕らは今までいた筈の【ダイイチキュウの公園】に倒れてしまっている訳ではなく、いつの間にか別の場所へと来ていた。
いや、何者かによって連れて来られたというべきなのだろうか____。
今、僕らがいる場所は思い出の中の懐かしいダイイチキュウの公園ではなく、どこか立派な洋風のお屋敷の前だ。
辺りは昼間の明るさに包まれている訳ではなく、ダイイチキュウで言うところの【夕暮れ時】に近い時間なのだろう。真上を見てみると、黒い雲に紫ともピンクともいいきれない幻想的な空の景色が広がっている。
パッと見たところ、二階建てのお屋敷は薄茶色の煉瓦造りであり、何個も立て付けられている楕円形の黒枠窓が目を引く。
ふと何の気なしに右側へ目をやってみると、丁寧に手入れされた少し狭めの庭があり、一本の木が植えられていることに気が付いた。花は咲いておらず、それどころか半分枯れかかかっているせいか華やかさが感じられない。
特に気にすることもなく、再び屋敷の方を観察し直して注意深く見てみると、楕円形の窓が閉まっている部屋開け放たれている所とがあることが新たに分かる。
更には、全開になっている二階中央の一番大きな窓の方から微かに楽器の音が聞こえてくることにも気が付いた。
まだ僕らは、お屋敷の敷地内に足を踏み入れてはいない。
僕らの前に二対の石柱でできた門が立ち塞がっており、ここへ足を踏み込まない限り、屋敷内へは入れないのだ。
試しに僕が門の扉を開けようとしてみたけれど、開く気配がない。
「ねえ、皆……これどう思う?どう考えてみても、この屋敷――怪しさ満点なんだけど____」
訝しげな引田の言葉に、皆が同意するしかなかった。
開け放たれた中央にある窓の内部から聞こえてくる、音楽のせいだろうか。つい先程、目を覚ましたばかりにも関わらず、徐々に眠気が強くなってくる。
隣にいるサンは、あろうことか欠伸を必死で噛み殺しているように見える。
(魔力が高くて眠る必要のないエルフでも……ダイイチキュウ人みたいに眠気を感じるんだ……それにしても____)
僕が気にかけているのは、誠の様子がおかしいことだ。ダイイチキュウにいた時はもちろんのこと、それを抜きにしても常日頃から無口な彼ゆえに引田の言葉について言及しないことは然程気にならない。
だけど、それにしたって小刻みに体を震わせつつ無言のままキョロキョロと辺りを見渡している誠の様子はおかし過ぎる気がした。
更にじっくりと誠の様子を観察してみると、体を小刻みに震わせているだけじゃなく、顔まで真っ青になっているのが分かってしまう。
こんな誠を見るのは、随分と久しぶりだ。
(前に誠が動揺しているのを見たのは……ええっと――ああ、そうだ……確かダイイチキュウにいた頃に亡くなった筈の彼の妹を模した敵が出現して襲いかかってきた時だったはず____)
「皆、ここにずっと居続けるのは……何かダメな気がする。だからさ、どうにかして出口を探してみない?」
誠と妹とのことを思い出した僕は、突如として胸騒ぎを覚えて他の仲間達に提案してみる。しかし、引田とサンは怪訝そうに此方へと視線を向けて、ほぼ同じタイミングでこう言ったのだ。
「優太くん、でもさ……これから出口を探した所で屋敷の中に入れなくちゃ、ここに連れてこられた意味がないんじゃない?」
「目の前に聳えている建物の中に入らずして、どうするつもりだ?どう考えても、敵は中にいるとしか思えない――ユウタ、お前は……このままおかしくなったミストを放っておけとでもいうつもりなのか?」
引田とサンの視線が痛い。
確かに、さっきの僕の発言は突拍子のないものだったかもしれない。
それにしても彼らの声色は氷のように冷たく、更に僕の方を執拗に睨み付けてくる、その態度は異様なものに思えてしまう。
「……っ____ま、誠……?」
そうこうしている内に、引田とサンだけでなく誠にまで異変が起きてしまう。
全く迷うことなく、微笑ましいことなど何も起こっていないにも関わらず、その顔には満面の笑みを浮かべながら無言で、ある場所へ向かって堂々とした足取りで進んで行く。
「……なさ……い____」
「ご…………さ……い____」
顔には笑みを浮かべているのに、誰かへと謝りの言葉を口にしつつ、とうとう誠は門の扉へ手をかけて躊躇なく開けてしまうのだった。
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