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【城に咲く青】まめ太郎
奴隷商から少年を買ったのはほんの気まぐれだった。
誰にも言わず、家に連れ帰った筈なのに、三日後には同じ魔族の悪友、タムズに気付かれ、城に乗り込まれた。
「アドラメレク、ずいぶんじゃないか。付き合いの長いこの俺に、人間のペットを飼い始めたことを黙っているなんて。まあ、どうせお前のことだ。もうすでにその人間は八つ裂きにして、食っちまったろうから、残っているのは骨くらいか……」
すいぶんなことを言いながら、タムズが大広間に入ってくる。
広い部屋には10人は座れそうな横長の黄金色のソファが一つのみ。
その端と端に俺と、飼われた少年が座っていた。
「おお、まだ生きていたのか」
タムズは大股で少年に近づくと、両手で抱き上げた。
少年は人間界では見慣れぬ容貌をしたタムズにいきなり抱き上げられ、目を白黒させている。
「銀髪にサファイアのような瞳…。アドラメレク、こいつは掘り出し物だ」
タムズはそう言うと、少年の首筋に顔を埋め、その香りを楽しむかのごとく目を閉じた。
「お前の方がよっぽど、今にも食いつきそうな顔をしているぞ」
俺はそう指摘すると、タムズから少年を奪い返した。
少年は俺の腕の中で、身じろぎせずに体を固くしている。出会って三日しか経っていないから仕方ないとも思うが、どこか面白くない。
「それにしても相変わらず、殺風景な城だな」
タムズはぐるりと辺りを見回しながら、そう言った。
「お前もこれじゃあつまらんだろ」
腕の中の少年の頭をぐりっとタムズが撫でる。
「不便な思いなどさせていない。こいつに合わせて、三食の食事も用意している」
俺やタムズのような「人間でない生き物」は本来食事など必要ない。少しの動物の生き血さえあれば何百年と生きながらえることができた。
しかし少年を家に連れて帰ってから、俺もこの子供に合わせて食事をとるようにしている。
「俺はそういうことを言ってるんじゃない」
やれやれという風にタムズが大仰に肩を竦めた。
「人間にはな、自然を愛でたり、美味いもんを食ったり…。そういう俺らには必要ないモンが生きていく上で重要になるんだよ。生きがいとか聞いたことないか?」
タムズの話した内容は俺には全く理解できなかった。
仏頂面の俺にタムズはため息をつく。
「全くこんなご主人様をもって、お前も大変だな」
もう一度タムズが少年の頭を撫でる。
「……それにしても、ずいぶん大人しい子だな。どうした、俺のことが怖いか?」
タムズが少年の顔を覗きこみ言う。
「よせ。こいつは口が利けないんだ」
俺は腕の中の少年をタムズから隠すように後ろに下がった。
「何だと。生まれつきか?」
「いや、やっかいな呪いを奴隷商にかけられたらしい。おい、口を開いて舌をだせ」
少年は俺に言われた通りにあっかんべをした。
少年の舌には複雑な紋様が刻印されていた。
「こりゃ酷いな。お前とけないのか?」
「まじないは俺の専門外だ」
「そうか……。俺もこういうのは詳しくないんだ。知り合いの魔術師に話を聞いてみるか」
ふうっと息を吐くと、タムズはにこりと少年に微笑みかけた。
「おい、坊主。案ずるなよ。お前には二人の大魔王様がついているんだからな」
タムズはさっそく話を聞きに行くつもりなのか、扉の方に向かった。
見送る義理などないが、俺も一緒について行った。
「そうだ。そいつに読み書きを教えた方がいいんじゃないか?意思の疎通も楽になるぞ」
タムズの言葉に俺は何も答えなかった。
「めんどくせえって顔に書いてあるぜ。誰もお前に教えろなんて言ってねえよ。家庭教師でもつければいい」
「他人を城の内部に入れたくない」
「ったく相変わらずの人嫌いのくせに、よくそいつを買ったな。召使いを何人か雇えば暮らしもぐっと華やぐぜ」
「魔力で事足りる」
切って捨てるように言うと、タムズは苦笑し、そのまま音もなく出て行った。
俺はふんと息をつくと、少年を抱いたまま、ソファに座った。
少年は抵抗もせず、俺の膝の上にちんまりと座っている。
「お前も生きがいとやらが欲しいのか?」
先ほどのタムズの言葉を思い出し、ぼそりと呟く。
少年は俺を深い青色の瞳で見上げるだけで何も言わない。
舌打ちすると、俺は目の前の何もない空間に手を翳した。
丸い天板の机が一つ現れる。
今度は指を鳴らす。
机の上に花瓶に生けられた青いバラが音もなく出現した。
俺は少年を抱いたまま、その机に近づいた。
「人間とやらは花が好きなんだろう?」
俺は花瓶に刺さったバラから一輪抜き取った。
「青いバラというのは初めて見るだろう?お前の瞳と同じ色だ」
少年にバラを手渡すと、じっと見つめている。
「気に入ったか?バラもしくはローズという花だ。そうだ。お前の名前はローズにしよう。今日からそう呼ぶぞ」
少年は俺を見上げると初めてふんわりと笑った。
俺は何故かつられて微笑みそうになり、気を引き締めると、黙って頷いた。
ローズは話せなくとも表情豊かな少年だったので、心情を察しやすかった。
庭に大きな噴水を作ってやった時は、馬鹿みたいにいつまでも拍手を続け、俺に向かって何度もお辞儀をくり返した。
その時の気分が何とも心地よく、俺はローズのために魔力を使うようになった。
庭には色とりどりの花が咲き乱れる花壇。部屋には天蓋付きのベッドに、蓄音機。
着心地のいい服や靴も大量に用意した。
「どうだ。お前の生きがいは見つかったか?」
俺の問いかけにローズはにこにこと笑うばかりだった。
一月も経つとローズはすっかり城での生活に慣れた。
俺がソファに座っていると、自ら寄って来て、俺の自慢の長髪をさらさらと指で梳いては楽しそうにしている。
俺の方はというと、最近ローズが膝に乗ったり、笑ったりするだけで下半身に思わぬ衝撃が走るようになっていた。
人間の子供相手に認めたくもなかったが、どうやら俺は欲情しているらしい。
そんな自分に苛立ち、膝に乗るローズのことも構わず、俺はすくっと立ち上がった。
転げ落ちたローズが、驚いた表情で俺を見上げる。
「少し出かける」
俺はそう言うと背中の羽を広げた。
俺の髪と同じ漆黒の羽の存在を、ローズは既に知っていたから、怯えたりはしない。
まず天界に行って、淫魔たちと少し遊んで…、タムズにも会うか。
そんなことをつらつら考えながら、俺は城のバルコニーに片足をかけた。
ふいに強い力でローブを引かれ、後ろを振り返ると、涙目のローズがすそを握り締めていた。
俺はため息をつくと、ローズに目線を合わせるためしゃがみこんだ。
「すぐ戻るから、心配するな」
そう言ってもローズは手を離さない。
「ローズ」
低い声で冷たく名を呼んでも、肩を震わせるだけで、離そうとはしなかった。
俺は天を仰ぐと、ローズの整った顔を正面から見据えた。
「引き留めたお前が悪いのだぞ」
そう言うと、俺はローズを肩に担ぎ、ベッドに向かった。
乱暴に降ろすと、何か言いたげな唇に吸いついた。
突然のことに驚いたローズが体を離そうとするのを許さず、ねっとりと歯列をなぞり、舌を絡め、きつく吸った。
存分に堪能してから顔を離すと、頬を上気させ、青い瞳を潤ますローズと目が合い、その表情は煽情的で、子供には到底見えなかった。
俺は舌打ちすると、ローズの衣服を体から取り去った。
ほっそりとした白い肢体が、太陽の光を浴びて輝く。
「これから俺はお前を抱く。嫌なら外で別の相手を……」
そこまで言った俺にローズは両手を広げ、抱きついた。
「分かった。多少痛くても我慢しろよ」
そう言うと俺はその唇にもう一度口づけた。
ローズの首筋に舌で触れ、なぞる。
面白いように組み敷いた体が跳ねた。
どうやらローズは感じやすい体質のようだ。自分でそのことを恥じているのか、緩く勃ちあがった己のモノを隠そうとする。
俺は邪魔なローズの手を払い、にやりと笑うと、誘うように紅く尖った胸の粒に唇を寄せた。
乳輪を吸い上げ、尖りに犬歯をたてると、びくりとローズが震えた。
なだめる様にちゅくちゅくと音を立てて吸い続ければ、体から力が抜け、快感から鳥肌を立てている。
素直な体が可愛く思え、固くなった親指の腹で乳首をいじめながら、もの欲しそうによだれを垂らす屹立をしごいてやった。
「一度だすといい」
ローズは大きく体をしならせると、あっけなく俺の手に快感の証を放った。
「ずいぶん濃いな。自分で処理しなかったのか?」
ローズに見せつけるように手に飛んだものを舐めてやると、顔が茹ったように赤く染まった。
ローズがおずおずと俺の下肢に触れようとするのを止めた。
「俺はこっちで気持ちよくしてくれ」
そう言って、ローズの後口に触れた。
衝撃で、ローズが体を後ろに引く。
俺はその様を見てくくっと笑った。
痛みを我慢しろと言ったが、俺はローズに爪の先程の苦痛も与えるつもりはなかった。
後口に触れた瞬間、痛みを全く感じないようにした。これだけ感度の良い体なら、すぐに快楽も得られるだろう。
肉の薄い腿の付け根に吸いつきながら、ローズの中を指で探れば、反応する箇所があった。何度もそこを擦ると、大げさなくらい華奢な体が跳ねる。
俺は指を抜くと、ローブから自分の肉筒を取り出した。
明らかに人間のモノとは異なる大きさのそれにローズの目が釘付けになる。
「怖いか?」
頷かれても、止める気はなかった。
しかしローズは健気にも首を振った。そればかりか赤黒い男根の先に触れ、撫でる。
ローズが指を動かすたび、ぬちゃぬちゃと淫猥な音が響く。
思いもよらぬローズの態度に俺の自制心は壊れ、気づけば一息にその体を貫いていた。
ローズは声にならない叫びをあげ、首を反る。
俺はペロリと自らの唇を舐めると、腰を動かし始めた。
「ほら、お前の気持ちいいところに当ててやる」
そう言って、小刻みに腰を揺らせば、ローズは湿った吐息をこぼし、口の端から唾液を滴らせた。
さっき弄り倒したせいで、赤く腫れあがった乳首も爪の先でコリコリと刺激してやると、ローズは目を見開き、やめてくれとばかりに涙目で首を振った。
触ってもいないのに、ローズの股間の屹立は固くなっている。
俺はふんと笑うと、更に腰を奥まで進め、動かした。
俺が腰を突き入れる度、ローズの屹立は尖端から蜜を溢れさせる。
「ローズ、ローズっ」
名前を呼びながら、俺も奥に熱を放つ。
その唇を求めて、ローズを抱き寄せると気を失っていた。
「やり過ぎたか」
俺は舌打ちすると、ローズの銀色の髪を一房持ち上げ、口づけた。
「お前は俺の物だ」
そう呟くとシャワーを浴びるため、立ち上がった。
俺達の住む城にも冬が到来した。
雪深い地域の更に奥に城を建てたせいで、この季節は誰もここに寄り付かない。
タムズも魔術師探しが難航しているのと、寒いのが苦手なせいで、すっかり顔を見せなくなった。
大雪が降った翌日の朝、ローズが庭に出たいと必死にアピールする。
「寒いだけだぞ」
忠告しても譲らないので、ウサギの毛皮で作ったコートを着せて、外に出した。
俺にとっては見慣れた景色だが、ローズにとってはそうでないらしい。
一面の銀世界を前に、走っては雪の中に倒れ込み、を繰り返している。
呆れた俺が部屋に戻ろうとすると、背中に衝撃を感じた。
雪玉を両手に抱え、満面の笑みを浮かべるローズが立っていた。
「ローズ、こっちへ来い」
そう言って追う俺からローズは楽しそうに逃げ回った。
ローズのために、その冬は暖炉を作った。
暖炉の前に毛皮を敷き、座ると、裸のローズを抱き寄せた。
俺も何も身に着けず、肩から羽織ったローブでローズごと包んだ。
ローズは先ほどの行為のせいで眠いのか、とろんとした目で揺れる暖炉の炎を見ていた。
舟をこぎ始めたローズの体を抱えなおすと、うっすら目を開ける。
俺の首筋に鼻を当て、スンスン匂いを嗅ぐと、ペロペロと舐める。
「こら、くすぐったいだろ。ローズ」
俺が苦笑しながら言うと、ローズは胡坐をかいた俺の膝に対面で跨り、肩に手を置くとキスをした。
あれから何度もそういう行為をしているから慣れたもので、ローズは俺の肉厚の唇に吸いつき、角度を変えて舌を差し込んでくる。
俺が口づけに応えてやると子犬のように鼻を鳴らした。
ようやく顔を離すと、俺に抱きつき、自分の幼い屹立を俺の腹に押し当ててくる。
「さっきヤッただろ?」
そう言って体を離そうとする俺をローズが睨む。
睨み返すと俺の首筋にローズががぶりと噛みついた。
「ローズ、何する…」
痛みは感じないものの、とっさの行為に驚いた俺が首筋を押さえて叫ぶと、ローズが笑う。
「お仕置きだな」
俺はそう言うと、ローズのしなやかな体を柔らかく押し倒した。
この頃から俺はローズの声を聴きたいと切に願うようになっていた。
文献も読み漁り、少しづつ、呪いを解く方法に近づいていった。
もし声が出せるようになったら、最初にローズはなんと言うだろう。
書斎で呪いについて書かれた本を読みながら、そんな事を考えた。
いつものように愛らしく俺に笑いかけてくれるか。
それともここを出て、人間の世界で暮らしたいと懇願するか…。
俺は気付いたら書籍の一ページを握り締めていたらしく、慌てて離したが、皺が寄ってしまった。
俺はため息をつくと、近くの椅子に腰かけた。
もしそれがローズの願いなら、生きがいだというなら、俺は叶えるしかないのだろう。
頭では分かっていても、感情が邪魔をする。
もう一度ため息をつくと、目の前の書籍に集中した。
そんな事ばかり考えていたら、熱がでた。
魔族でも熱は上がるらしい。もう春だというのに悪寒で体に震えが走る。
ベッドに横たわる赤い顔の俺を心配気にローズが見つめる。
「書斎に入って本でも読んでいろ。絵本を眺めるのが好きだろう?俺は少し寝る」
魔族の風邪が人間にうつるかは知らなかったが、あまり傍にいるのもよくないだろう。
しかし目を閉じても、ローズの気配はずっとそこにあった。
気が付くと熟睡していたらしい。まだ少し体は熱いが、意識はだいぶしっかりとしていた。
「ローズ?」
名前を呼びながら起き上がり、辺りを見回す。
書斎にもローズの姿は見えない。
魔力で城の中を探るが、どこにもローズはいない。
まさか、出て行ったのか。
肌がざわりと泡立つ。
城には目には見えない結界が張ってあったが、それは外からの侵入者を感知するためのものだった。
俺の赤い両目がカッと開き、暖炉の炎が天高く舞いあがる。
破壊衝動が俺の内部に渦巻く。
このまま近くの村を焼いてしまおうか。俺は背中の黒い羽を大きく広げた。
その時、外からの侵入者を感知した。
ローズだった。
俺は力を使い、目の前にローズを瞬間で移動させた。
急に視界が変わり、驚いたローズが俺を見て破顔する。
俺は羽を広げ、飛ぶと、そんなローズを壁に押し付けた。
「お前、俺が寝ている隙にどこへ行っていた?」
ローズの細い首を片手で持ち上げる。
苦し気にローズの目が閉じられた。
村で暮らすというなら、いっそ、ここで……。
凶暴な想いに俺の心が焼かれそうになった時、か細い声が聞こえた。
「やめてっ」
俺は驚いて、手を離した。
ローズは床に崩れ落ち、咳こんでいる。
「ローズ、お前…言葉が…」
ローズは急いでコートのポケットを探ると、俺に皮の小さな袋を手渡した。
「何だ?……薬?」
俺がその袋を紐解くと、中からコロンとした黒い玉がでてきた。
ハーブの匂いが鼻につく。
「風邪薬欲しくて…村まで行ったんだけど…俺話せないから、相手にされなくて…」
久々に声帯を使っているせいか、ローズの声は掠れていた。
「でも…俺どうしても薬、欲しくて…俺の母さんも風邪で…薬飲めば助かったのに…お金がなくて…結局死んじゃった」
思い出したのか、ローズの目尻に涙が浮かぶ。
「アドラメレクも母さんみたいになったらどうしようって…」
「それで村まで薬を買いに行ってくれたのか」
ついにその陶器のような頬に、涙が滑り落ちた。
俺は泣いているローズを抱え、その涙に唇を寄せた。
「そうか。俺が早とちりして、悪かった。でもお前、声は?」
ズッとローズが鼻をすする。
「薬が買えなかったら、アドラメレクが死んじゃう。そう思ったらでた」
「自力で呪いを解いたというのか?」
驚いた俺にこくりとローズは頷いた。
舌を見ると、確かに紋様も消えている。
「信じられん…」
ただの人間が自力で呪いを解くなど聞いたことがなかった。
「お店の人、優しかったよ。お金持ってないって言ったら、俺の履いている靴をくれればいいって」
にこにこと笑いながらローズが言う。
見ると、ローズの素足は切り傷だらけだった。
俺は舌打ちすると、ローズをベッドに降ろし、足の傷を魔力で治癒した。
ローズの履いていた靴は高級品で、この薬が百個でも買える値が付くだろう。
業突く張りの店主めと心の中で罵る。
傷を全て癒し終わると、俺はローズの隣に腰かけた。
「俺のために買いに行ってくれたのにすまなかった。詫びとして今度村に買い物に連れて行ってやる。何でも好きなものを買うといい。お前の生きがいとやらも見つかるかもしれん」
俺がそう言うと、ローズは口元に笑みを湛えて首を振った。
「ローズの生きがい」
そう言って、まっすぐに俺を指さす。
「俺の生きがいは貴方だから、他の物は要らない」
ローズはそう言って微笑んだ。
俺はそんなローズを抱きしめ、顔を伏せた。
「どうしたの、アドラメレク?まだ具合悪い?」
心配そうなローズの問いに、俺は答えることができなかった。
生まれて初めての涙を見せるのが、どうしても恥ずかしくて。
顔をあげたら一番に言おう。
「これからもずっと傍にいてくれ」と。
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