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【ガーネットとサファイア】鳴神楓
森は深く、走っても走っても終わりが見えない。
追いかけてくる獣の足音は、さっきから近づきも離れもせずに一定の距離を保っている。
か弱い獲物をいたぶるように追い詰めて楽しむほどの余裕があるのだから、きっと知能が高い魔獣なのだろう。
走ることに慣れていないこの足で逃げ切れるとも思えなかったが、それでも私には逃げる他に道は残されていなかった。
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私は赤ん坊の時に、王都の神殿の前に捨てられていた捨て子だった。
普通ならば、そのまま神殿の孤児院で育ち、成長した後は神官になるか職人の徒弟にでもなって、慎ましくも幸せな人生を送っていただろう。
そうならなかったのは、私が暗闇でも光を放ちそうな銀の髪と、深く透き通った海のような青い瞳を持ち、赤ん坊の頃からすでにそうとわかるくらいに整った顔立ちをしていたからだ。
赤ん坊の私は神殿の奥で密かに育てられ、十三になった年、神から遣わされた神子 として派手にお披露目された。
確かに、外に出してもらえなかったために少しも日焼けしていない白い肌と、成長して神秘的とすら言えるほどになった整った顔立ちは、見た目だけならば神子だと言い張れる程度には神々しく見えるものだっただろう。
物心ついた頃から一度も切ったことのない長い髪もまた、一般の人には私が尊い存在だと誤解させる要因だったに違いない。
なぜなら、本来なら髪を長く伸ばしているのは、魔力が髪に宿る魔術師や回復魔法の才能がある神官だけなので、魔力の見えない一般の人には、実際には全く魔力が宿っていない長いだけの私の髪も、きっと魔術師たちと同じように魔力がこもっているように見えただろうから。
そういうわけで、神殿は私を神子として祭り上げ、人々に私の姿を見せ、私の声を聞かせ、時には私に触れさせることで、人々の信仰と多くの寄進を集めた。
きっと本当に魔力を持つ魔術師には、私が神子などではなく、なんの魔力も持たない只人 だとすぐにわかっただろう。
けれども賢明な魔術師たちは強大な権力を持つ神殿と揉めることを嫌って口をつぐんだらしく、私が只人であることが明らかにされることはなかった。
そうやって私が神子として数年を過ごしたある年の夏、王都の周辺がひどい干ばつに見舞われた。
ひと月近くもほとんど雨が降らず、人々は奇跡を求めて神子である私の元に集まったが、奇跡の力など持たない私には人々と共に祈ることしかできなかった。
やがて、人々の不満はいつまでたっても雨を降らせることができない私や神殿に向かうようになり、ついにはこれまで神殿に多額の寄付をしてきた貴族や大商人たちが早く神子の力でどうにかしろと、神殿に直接訴えてくるようになった。
そして、とうとうそれらの声を抑えきれなくなった神殿の上層部は、神子である私がかつて神が降り立ったという伝説のある魔の森の神殿に行き、神に直接祈りを捧げるという発表を行った。
魔の森の神殿は、はるか昔は多くの巡礼者で賑わっていたが、いつの頃からか森に出る魔物たちが強くなり過ぎて人が踏みこめるような状態ではなくなったせいで、長年放置されていているところだ。
そんなところに私は、誓約魔法で従わされた犯罪奴隷の担ぐ輿 に乗せられて送り出された。
魔物避けの香を焚き、魔物の気配と鳴き声に怯えながら魔の森を進み、どうにか神殿にたどり着くと、輿を担いでいた奴隷たちは私の乗った輿を神殿の前に置いて一目散に元来た道を逃げ帰って行った。
……おそらく、誓約魔法の内容は私を神殿に送り届けることだけで、祈りを終えた私を王都に連れ帰ることは含まれていなかったのだろう。
残された私は仕方なく神殿に入り、すぐに見上げるほどの高さの神像を見つけたが、私はその立派な神像を見ても、どうしてもその前にひざまずく気にはなれなかった。
干ばつに苦しんでいる人々のことを思えば、私は命じられた通りにこの神殿で祈りを捧げなければならないのだろう。
しかし私には、いくら祈っても雨を降らせる力などないし、かつてここに降り立ったという神に呼びかける力もない。
神殿の上層部も、それはわかっていたはずだ。
ただ、これまで私を神から遣わされた神子だと偽って、人々からさんざん寄進を絞り取って来たので、こういう事態になってしまった以上、私に責任を取らせる形で生贄にしてしまうのが一番簡単だったというだけなのだろう。
ああ、私は捨てられたのだな、と思ったが、自分が神殿の上層部に利用されているだけだというのはわかっていたので、捨てられたと気付いても特に悲しいとは感じなかった。
食料も水も奴隷たちがそのまま持っていってしまったので、神殿の中に何かないか探してみたが、かろうじて中庭にきれいな水が湧いていただけで食べられるようなものは何もなかった。
このまま神殿にとどまっていても飢え死にするだけなので、生きるためには危険だが神殿の外に出て、来た道を戻り森の外に出るしかない。
私は神殿に残されているものの中から使えそうなものをまとめると、夜明けを待って神殿を出た。
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そうして話は冒頭に戻る。
早朝、神殿を出た私は、魔物に見つからないように静かに道を急いだが、やはり魔除けの香もなしに魔の森を抜けようというのは無謀だったらしい。
気付けば私は狼に似た大きな魔獣に追いかけられていた。
走ることに慣れていない上に、昨日神殿に着いてから何も食べていない私は、次第に早く走れなくなってきて、ついには石につまづいて転んでしまった。
地に伏した私を魔獣が見逃してくれるはずもなく、すぐに追いついてきた魔獣は私の背に前足をかけ、首筋を生暖かい舌でベロリと舐めた。
「助けてください!
……誰でもいいから!」
思わず口から出た叫びは、最後のあがきだ。
当然、返事など期待していなかったのに、驚いたことに上の方でそれに答える声があった。
「本当に誰でもよいのだな?」
「かまいません!
お願いします!」
空の上から声をかけてくるような存在が何者かを考えている余裕などなかった。
私が返事すると同時に背中の上でキャンと犬みたいな鳴き声がして、背中が軽くなった。
どうにか体を起こして辺りを見回すと、魔獣が一目散に森の奥へ逃げていくのが見えた。
「助かった……」
安堵の息をついている私の目の前に、宙から人が降り立った。
顔を上げると、そこに立っていたのは、全身黒づくめの背の高い男だった。
その男の美しさに、私は今の状況も忘れて見入ってしまう。
美しいと言っても、その美しさは私のような儚い美しさとは違う、存在感とも言い換えできる、自信に裏打ちされた美しさだ。
だがその美しい男の、耳の形の異質さに気付き、私は思わず声をあげそうになった。
魔族……!
目の前の男は人と似た姿をしているが、その長く尖った耳はまぎれもない魔族の印だ。
そもそも冷静に考えれば、普通の人間が魔の森にいるわけがないし、魔獣をあんな風に追い払えるはずもない。
魔族は滅多に人に関わることがないから彼らがどのような存在なのか詳しくは知られていないが、それでも魔族には必ず魔力があるという話は世間に広く知られている。
おそらくは目の前の魔族の黒く艶やかな長い髪は、私の髪のようなまがい物ではなく、強い魔力を帯びているに違いない。
「なんだ、神子殿 ではないか」
「……私を知っているのですか?」
「ああ。
久しぶりに神子が現れたという噂を聞いたので、王都まで見に行ったことがあるからな。
魔力の欠片 もない者を神子だと崇め奉るとは、人間とはおかしなことをするものだと思ったが、そなたの容姿は見るに値するものだと思ったから覚えていた」
魔族の言葉に、私は身を小さくする。
自分でわかってはいるが、改めてそうやって見た目だけの神子だと言われると後ろめたい。
「それで、神子殿はどうしてこのようなところにいるのだ?」
「それは……」
「ああ、その前にその傷と汚れを何とかせねばならぬな。
とりあえず、落ち着けるところへ行こうか」
そう言うと魔族の男は、私の返事も聞かず、私の頭に手を置いて一瞬で転移した。
────────────────
「ここは……?」
転移で連れてこられたのは、石造りの建物の中だった。
部屋の中の調度は派手ではないが上質なものが揃えられていて、それなりの格式のある建物だとうかがい知れる。
「魔の森の中にある、我の城だ」
「城……」
魔の森の中に城があるなどという話は聞いたことがないが、男が嘘をついているようには見えない。
確かにこの部屋の造りを見ると、城というのも納得できる気がする。
「まずはその傷を治さねばな」
男がそう言った次の瞬間、さっき転んでからズキズキと痛んでいた手のひらと膝の痛みが嘘のように消えていた。
泥だらけだった法衣も、いつの間にか新品のように真っ白になっている。
「呪文も唱えずに魔法を使うなんて……」
「このくらい、魔法のうちにも入らぬよ」
驚く私に、男はことも無げにそう言う。
よくよく考えてみれば、男はさっき転移した時も呪文を唱えていなかった。
魔族は人間よりも魔力が多いと聞いたことはあるが、それにしてもこの男の魔力は桁外れのように思う。
「腹も空いているのではないか?」
男がそう言うと、今度はテーブルの上に湯気の立つスープとパンが現れた。
またしても驚いてしまったが、確かにお腹はへっていたので、男に礼を言ってありがたくいただくことにする。
パンもスープも出来立てで美味しく、空腹だった私は夢中でそれらを食べた。
男は私の向かい側の席に着き、私が食事をする様子を眺めていたが、やがて私が食事を終えると、魔法でお茶を二杯出して片方を私に勧めた。
「それで神子殿は、いったいどういうわけで一人であんなところにいたのだ?」
男にそう問われ、私は少し迷ったが、結局ありのままに事情を話すことにした。
魔族であってもこの男が私の命の恩人であることに変わりはないし、それに今さら神殿に義理立てして裏の事情を隠す必要もないだろうと思ったからだ。
男は私の長い話を聞き終えると、呆れた顔でこう言った。
「何ともまあ、人間とは勝手なものだな。
散々利用しておいて、都合が悪くなったら責任を押し付けて捨ててしまうとは」
男の言葉に、私は少し微妙な気持ちになりながらもうなずく。
確かに男の言う通りなのだが、残念ながら私もその人間のうちの一人なのだ。
「それで神子殿は……おっと、神子殿というのは変かな。
そなたは神殿に捨てられたのだから」
「そうですね……」
「ではそなた、名前は?」
男に問われ、私は口ごもる。
「名前はあるにはあるのですが、神子にふさわしいようにということでつけられた大仰な名前ですので、それももう名乗る気にはなれません……」
「そうか。
それでは我がそなたの名を付けてもよいか?」
男の言葉に、私はうなずく。
私を捨てた神殿の上層部がつけた名前なんかよりも、命の恩人が名前を付けてくれるのならその方がずっといい。
「ええ、そうしていただけるとありがたいです」
「ならば……そうだな。
ああ、その前に、我もまだ名乗っていなかったな。
我が名は『柘榴 』という」
男が名乗った名前は、古代神聖語に似た、不思議な響きを持つ名前だった。
男が名乗るのと同時に、どういう魔法なのか、『柘榴』という共通語とは違う複雑な形の文字と、深い赤色の美しい宝石のイメージが頭に浮かんだ。
その宝石は男の瞳の色と同じ色をしていて、その『柘榴』という言葉が確かに男の名前なのだと納得させられる。
「さて、そなたの名前だが、『蒼 』というのはどうだろうか。
そなたの瞳は、蒼玉 に似ているから」
柘榴が『蒼』と口にすると、複雑な形の文字と共に青く透きとおった宝石のイメージが浮かんだ。
確かにその宝石は柘榴が言うように私の瞳の色に似ていた。
「ええ、いい名前だと思います。
ありがとうございます」
私がそう言うと、柘榴は笑顔になった。
「気に入ってもらえてよかった。
それでは改めて。
『我、柘榴の名において、汝を蒼と名付ける』」
柘榴がそれまでとは違う重々しい声で、ひと言ひと言ゆっくりとそう告げると、突然私の体に強い衝撃が走った。
驚いて反射的に立ち上がろうとしたが、どういうわけか私の体はぴくりとも動かなかった。
「いったい何を……」
辛うじて動く口でそうつぶやくと、柘榴は少し呆れた顔で私の問いに答えた。
「もしかして知らなかったのか?
力ある者に名付けられた者は、名付けた者にその身を縛られるということを。
道理で簡単に名付けられることを了承するはずだ」
柘榴の言葉に、私は真っ青になる。
「知らなかったのです!
どうか……どうか私を解放してください!
名前はお返ししますから!」
私の懇願を柘榴は鼻で笑い飛ばした。
「無理だな。
知らない方が悪い」
……確かに、柘榴の言う通りだった。
いくら命の恩人であると言っても、彼が魔族であり、強い魔力を持っていることはわかっていたのに、私はその相手に対してあまりにも無防備過ぎたのだ。
「……それで、あなたは私をどうするつもりなのですか」
震える声で私がそう問うと、柘榴はにやりと笑った。
「こうするのだよ」
そう言うと柘榴は、体の動かせない私を横抱きに抱き上げ、また転移した。
転移した先で、柘榴は抱き上げた私を柔らかい場所に下ろした。
首を動かさずに見える範囲では、どうやら下されたのは天蓋付きの豪奢な寝台の上らしい。
黒一色で揃えられた寝具は肌触りが良く、上質な生地で作られていることがわかる。
自分が下された場所がわかって、私はようやく柘榴が私をどうするつもりなのかを理解した。
神殿にいた時、男ばかりの神殿の中では女人と交わることができないから、男同士で睦み合うことがあるのだと聞いた。
互いに合意の上であればいいのだが、時には神殿内の立場や体格差に物を言わせて、強引にその行為が行われることもあったらしい。
幸いにして、私は身の回りの世話をしてくれていた神官たちが守ってくれていたので、そのような目にあうことはなかったが、ひどい目にあって心身ともに傷付く神官もいるのだと聞いて痛ましく思ったものだ。
同情はすれどもどこか他人事だったそういうことが、今まさに自分の身の上に起ころうとしているのだと実感すると、急に体が震えてきた。
「おや、震えているな。
こういうことは初めてなのか?」
「……ええ。
一応、神子でしたので」
私が声の震えを押さえながらそう答えると、柘榴は楽しそうに笑った。
「それでは、我はそなたを神子に祭り上げた愚かな人間たちに感謝せねばならぬな。
そなたのような美しいものを無垢のまま味わえるとは我は運がいい」
そう言うと柘榴は、私の手を取って指先に口づけ、それから人差し指を口に含み、まるで本当に味わうかのように舌で舐めしゃぶった。
神殿にいた時に一度だけ、寄進を積んで私に触れることを許された信者に、手を舐められたことがある。
その信者はすぐに引きはがされたので、舐められたのは一瞬だったのだが、それでもしばらくは気持ち悪さが消えなかったものだ。
けれども今、こうして柘榴に指を舐められていても、あの時のような気持ち悪さは少しも感じなかった。
柘榴が舐めている人差し指がやけに熱く、そこから体全体に熱が広がっていくような気がする。
ちゅぷ、と音を立てて私の指を口から出した柘榴は、私の体をじっくりと眺める。
その視線に、私はいつの間にか自分が法衣を脱がされ一糸まとわぬ姿になっていることに気付く。
自分の裸を柘榴に見られるのが恥ずかしく、なんとかその視線から逃れたいと思うが、やはり体を動かすことはできない。
「そなたの銀の髪と白い肌は、黒によく映えるな」
そう言うと柘榴は寝台に上がってきた。
私に覆いかぶさってきた柘榴の黒い髪が、私の体の両側にはらりとかかる。
私には魔力など感じ取れるはずがないのに、その艶やかな黒髪にこもる魔力に絡め取られたのを、肌で感じたような気がする。
柘榴の唇が、私のそれに重なる。
以外に柔らかい、と思った次の瞬間にはもう、柘榴の舌が私の唇を割っていた。
その熱は、指を舐められた時の比ではなかった。
柘榴の舌が私の口の中を探っていくと、それに従って私の体も熱を帯びていく。
口づけをしながら柘榴の手が私の肌の上をたどり始めたので、熱は上がっていくばかりだ。
始まる前、怖がっていたのが嘘のようだ。
柘榴とは出会ったばかりのはずなのに、こうやって体の動きを封じられて好き勝手されていても、怖いとか気持ち悪いとか感じないのが我ながら不思議でならない。
「……あっ…」
ふいに、胸の小さな尖りをきゅっとつままれ、私は思わず声をあげてしまう。
私のその反応に、柘榴は小さく笑うと、口づけをやめて私の胸の尖りを舐め始めた。
「あっ……やっ……」
胸の尖りの片方を舌で転がされ、もう片方は指で弄られて、私は声を抑えることができない。
そうやって胸を刺激されているうちに、下腹部にまで熱がたまってきてしまい、私は焦り始める。
「や、やめてください……」
「どうして止めねばならぬのだ?
こんなにも愛らしいものを、愛 でずにどうしろと言うのだ。
ほら、まだ少ししか触っていないのに、こんなにも赤く色づいて、なんともけなげではないか。
もっと触ってやれば、そのうちに我の瞳の色ほどに深い紅に染まりそうだ。
どれ、試してみようか」
そう言うと柘榴は、先ほど以上に熱心に私の胸の尖りを弄りだした。
「やあっ……だめっ…」
私が嫌がっても、柘榴は胸を触るのをやめてくれない。
それはそうだろう。
なにせ、その声は甘ったるくて、自分でも嫌がっているようには聞こえないのだから。
しばらくそうやって私の胸の尖りを弄り続けた後、やがて柘榴は体を起こして満足した表情で私の体を見下ろした。
「ああ、思った通りの良い色になった」
そう言われても、首も動かすことができないから、本当に柘榴の瞳と同じ色になっているのかどうか、確かめることはできない。
けれども柘榴の満足そうなその瞳と同じ色だと言われると、妙に胸がざわめくような気がする。
「さて、こちらの色はどうかな」
そう言うと柘榴は、あろうことか私の後孔に指を入れてきた。
「ああ、ここも綺麗な紅だな。
我を誘う、良い色だ」
そう言いながら柘榴は、私の中を指で探り始めた。
くちゅくちゅとぬめった音がしているのは、柘榴が魔法を使って粘り気のある液体でも出したのだろう。
その液体のおかげなのか、そんなところを触られていても痛みはない。
それどころか、中を触られていると、胸の尖りを触られていた時以上に身体が熱くなってくるような気がする。
「ふむ、そなたも愉しんでいるようで何よりだ」
「違っ……」
「違わないだろう?
ほら」
そう言うと柘榴は、私の下腹部の熱をすうっとなでた。
「ぁんっ……!」
それと同時に私の唇から出た声はひどく艶っぽくて、柘榴の言葉が正しいことをあらわにしてしまう。
「さて、そろそろいいだろう」
そう言った次の瞬間、柘榴はもう一糸まとわぬ姿になっていた。
思わず目にしてしまった下腹のそれは、自分のものと比べるのも馬鹿らしくなるような立派なものだ。
柘榴は私の両足を抱えると、その立派なもので一気に私を貫いた。
「ああっ……!」
痛みは一瞬だった。
入ってしまえばそれは、ただただ熱い。
熱くて熱くて、繋がったところから溶け合って柘榴とひとつになったような錯覚すら覚える。
初めての感覚に私が恍惚としていると、柘榴の声が聞こえてきた。
「ああ、いい具合だ。
これは良い拾い物をした」
柘榴のその言葉を聞いた途端、すっと心が冷えた。
体はまだ、変わらず熱い。
けれどももう、先ほどまで感じていた柘榴とひとつに溶け合うような感覚は跡形もなく消えてしまった。
──どうして、柘榴とひとつになれたなどと錯覚したのだろうか。
柘榴にとっては私など、ただの『拾い物』にしか過ぎないのに。
「……どうかしたか」
「どうもしません」
柘榴の問いかけに答える声も冷めているのが自分でもわかる。
「そんなはずはなかろう。
ついさっきまで蕩けそうな顔をしていたのに、急に仮面のように無表情になったら、何があったのかと誰でも気になる」
「別に、私のことなど気になさらなくてもいいでしょう。
どうせあなたもいつか私を捨てるのですから」
まるで私のことを心配しているかのような口ぶりの柘榴に、私は思わず嫌味のような言葉を返してしまう。
「捨てる……?」
私の言葉を繰り返した柘榴は、不機嫌そうに眉を寄せる。
「我を、そなたを捨てた人間たちと一緒にするな。
我はそなたを捨てたりはせぬ。
これほど美しく愛らしいそなたを、なぜ捨てねばならぬのだ」
「……あの人たちも、私のことを美しいと言いましたよ。
けれども彼らはその美しさを散々利用した後、結局は私を捨てました。
あなたも同じなのでしょう?」
すねたような物言いが見苦しいのはわかっていたが、止めることができない。
「……そなたは我に捨てられたいとでも言うのか?」
捨てて欲しいですね。
そうすれば私は自由になれますから。
と、そう即答すべきだったのだ。
しかし実際には、私は柘榴の問いかけに言葉を詰まらせてしまった。
私の迷いを読み取った柘榴は、途端に機嫌が良くなる。
「捨てられたくないのならば、そう言えばよいのに。
まあよい。
口に出せぬのならば態度で示せ、『蒼 』」
柘榴が私につけた名前を呼ぶと、不意に体から力が抜けた。
ハッと気付いて試しに手を握ってみると、ちゃんと自分の意思で動かすことができる。
「体が動く……」
「動かせなければ、態度で意思を示すことができぬだろう?
動けるようにしてやったのだから、早くそなたの意思を示せ」
柘榴に急かされて、私は自分がどうしたいのかを考えてみる。
さっきまですっかり忘れていたのに、こうなると急に、まだ自分の中にある柘榴の存在を意識してしまう。
そうしてさっき柘榴とひとつになれたと感じた時に味わった、あの満たされた気持ちがよみがえってくれば、考えてみるまでもなく自然と体が動いた。
両手を上げて柘榴の背中に手を回し、ぎゅっとしがみつく。
柘榴と離れたくない、柘榴とひとつになりたいという思いが、私にそうさせる。
どうやら私のその行動は「態度で示せ」という柘榴の呼びかけに対する答えとして正解だったらしい。
柘榴は嬉しそうに笑った。
「よかろう。
そのまま、放すなよ」
そう言うと柘榴は私の体を抱え直すと、私の中で動き始めた。
「あっ……んんっ…あ、熱い………」
柘榴と繋がったところが熱い。
柘榴と溶け合ってひとつになる感覚が、またよみがえってくる。
「蒼」
柘榴が、私の名を呼ぶ。
体の自由を奪った時のような魔力は込められていないその呼びかけは、しかし魔力とは違う力で私を捕らえる。
名前を呼ばれるだけで、こんなにもうれしくて満たされた気持ちになることがあるなんて初めて知った。
それはきっと他の誰でもなく、柘榴に呼ばれるからこそ沸き起こってくる気持ちなのだ。
「蒼。
そなたも我の名を呼べ」
「あなたの名前……?」
「そうだ。それとも忘れたか?」
まさか、そんなわけがない。
口にこそ出さなかったものの、心の内で何度もその名を呼んでいたのだから。
「柘榴……」
その不思議な響きの名前を、私は口にする。
その名が示す紅い宝石と同じ色の瞳が、私の姿を映している。
「あ……ざくろ……柘榴……」
ふたたび動き出した柘榴に中をかき回され、私は喘ぎ声の代わりに彼の名を繰り返す。
熱くて、気持ちがよくて、幸せで、どうにかなってしまいそうだ。
「……蒼」
「ああっ、ざくろっ……」
名前を呼ばれ、中を突かれながら下腹の熱を擦り上げられて、私は柘榴の名を呼びながら達した。
それと同時に柘榴もまた、私の中に熱いものを注ぎ込んでいた。
────────────────
ことを終えた後、柘榴は魔法で私の体を綺麗にすると、私を抱いて豪奢な寝台に潜り込んだ。
先ほどまでの自分の痴態を思うと、顔から火が出そうに恥ずかしいが、こんなふうに柘榴と寄り添えるのは素直に嬉しかった。
「ああ、そうだ。
そなた、名前はどうする?
『蒼』という名のままであれば、我はいつでも好きな時にそなたを名で縛れるから、それが嫌ならば、その名は我に返してもよいぞ」
柘榴の言葉に、私は考えるまでもなく即答する。
「返しませんよ。
あなたがくれたものを、何であれ手放したりはしません」
私がそう答えると、柘榴は「そうか」と言って楽しげに笑った。
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