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【移ろう伝説】 めろんぱん
遥か南の地に二つの月が現る時、その月光を浴びた海水はなににも勝る万能薬となる。
その名は、人魚の涙。
ジリジリと肌を焼く強い日差しが目の前の海に惜しみなく降り注ぎ、エメラルドグリーンの光を生み出している。鼻腔を擽る磯の香り。鼓膜を震わせる波の音。
全てに舌打ちしたい気分だった。
───
ここは地図にも載らない遥か南の最果て。
ノワは海老がたっぷり乗ったパエリアと名産だという海水で造った酒を煽りながら、眉間に深いシワを寄せて陽気な住人たちを眺めていた。
数えるほどの住人しかいないこの孤島に、二つの月が現れるという。
嘘か真かは知らない。
それでも、迷信に頼るしか手立てはない。まだ幼い妹の心の臓を食らっていく病魔に効きそうなものは、こんな迷信以外にはもうなにも残っていなかった。
「やぁニイちゃん。そろそろ酒も入って気分も良くなって来たろう。来な、一緒に踊ろう!」
でっぷりと太った中年の男は真っ赤な顔をして危うい足取りだ。
皆友人である住民たちは、ノワのような極稀な客人を招いてこうして村の中心で踊り唄いながら飲み明かすのだという。そうして親睦を深めるのだとか。
ノワは手に持ったグラスを置き、立ち上がる。
馬鹿馬鹿しい。
俺はここに遊びに来たんじゃない。
そんなノワの態度にも男は気を悪くした様子もなく、都会モンはシャイだなぁとまた危うい足取りで輪の中に戻っていった。
その後ろ姿が小さくなるまで見届けると、ノワは宿に戻り、夜風に当たって酔いを覚ます。南の果てだから気温は高いが、海が近いせいか夜は冷えた。薄手の上着をひっ掴み、再び外へ出ると、潮の香りが微かに漂ってきた。
「何処へ行きなさる?」
それは嗄れた声だった。闇に紛れてその姿はよく見えない。
「今夜は月が出ておる。海辺には近付くでないぞ。」
人魚に喰われてしまうでな。
闇に慣れた目が少しだけ捉えたのは、重力に逆らえなくなった頬が垂れ下がりぎょろりと零れ落ちそうな大きな瞳を恐怖に戦慄かせた、小さな老婆だった。
───
馬鹿馬鹿しい。
ノワは海辺を目指した。
人魚など、存在するはずがない。ましてや人を喰うなど、化け物じゃないか。
人魚の涙だって、そう呼ばれるだけでただの海水だ。そうに違いない。
そして眼前に広がる昼間とは違う顔を見せる浜辺で、ノワは虚しくなって視線を落とした。三日月の僅かな月明かりで砂がキラキラと光っていた。
その、ただの海水を回収しに来たのだけど。と。
バカな迷信を頼りにせず、妹のあと僅かな時間を側で過ごしてやれと怒鳴る父の声が木霊した気がした。
一歩踏み出すと、波が打ち寄せてノワの足を濡らした。
月が二つ現れるなんて、そもそもそこから嘘臭い。どうかしていたのかもしれない。父の言う通り、余命僅かな妹に絵本でも読んでやる方が余程有意義だったろう。
せめて何か土産になるものを持って、今からでも帰ろうか。
そう思って、何か、例えば綺麗な貝殻とかそういったものが見つからないかと辺りを見回した時だった。
数メートル先にある巨岩に浮かぶシルエット。
人に見えた。けれど、その人影にあるはずの脚は見えない。見えたのは、大きな魚のような影。
「人、魚…?」
ノワの声に反応して、その影はバッとこちらを振り返った。
頼りない月光でも十分に照らされた青のような紫のような、不思議な髪。この常夏の気候には不自然な程白く透明感のある肌。そしてその肌によく映える、真っ赤な瞳。
それは酷く幻想的な光景で、ノワは一瞬己の中の時が止まったのを感じた。
その一瞬だった。
人魚のように見えたその生き物は、一瞬のうちに海に飛び込み、バシャンという水飛沫だけを残して消えてしまった。
呆然とその残像を眺めながら、ノワはすっかり妹への土産も忘れ、気がつくと宿に戻り朝を迎えていた。
───
「ニイちゃん早起きだねぇ、昨夜随分遅くまで出歩いていたっていうのに。さぁさ、朝ごはんは1日のエネルギー源だよ!たんとお食べ!」
寝不足でぼんやりする頭で宿の女主人の溌剌とした声を聞き流しながら、ノワはバゲットを齧った。
海の幸をふんだんに使った具沢山のスープにバゲットを浸して食べるのが、この島のポピュラーな朝食らしい。美味しいのだろうが、ノワの頭の中は昨夜の出来事で埋め尽くされてしまっていて、その味を堪能することができなかった。
あれは確かに人魚だった。
実在するはずないと思い込んで生きてきた、本の中の生き物だ。
あれが本当に人魚なら。
ノワの頭が、明るい未来を描き出す。
あれが本当に人魚なら、人魚の涙と言う名の万能薬も実在するのかもしれない。月が二つ現れるというのも、強ち嘘ではないのかも。
そう思って、ノワは口を開いたのだが。
「…なぁ女将さん。人魚の涙って薬、知ってるか?」
女主人の太陽のような笑顔が、凍りついた。
───
『もう何十年も前の話らしいけどねぇ。島一番の漁師が、ある日人魚の涙を探しに海に出たんだそうだ。その頃はまだ電気もなかったから、お天道様とお月様だけを頼りにね。でもね…右脚を失って見つかったそうだ。で、ガタガタ震えて言うんだってよ。』
人魚に襲われた。
騙された。
人魚に喰われたんだ。
真っ青な顔をしてブルブル震えながら、夜になると奇声をあげて泣き出す。恐怖のあまり正気を失ったその漁師はシモの世話も己で出来ないほどであった。
やがてゆっくりと漁師は心の傷を癒していき、島の住民たちに切々と語りかけたという。
月の出ている夜は海辺に近付いてはならない。人魚の美しさに、その歌声に惚れ込んでしまう。
そして腑抜けになった人間を、人魚は喰らうのだと。
『だから島の人間は夜に海辺には近付かないのさ。時々あんたみたいに人魚の涙の伝説を聞いて都会から人が来るけど、この話を聞くとさっさと帰っていくよ。…誰か具合が悪いのかい?悪い事は言わないから、側にいてやんな。』
───
もうすぐ月が現れるだろう。
ノワは砂浜に座り込み、穏やかな海を見つめた。
解せない。
女主人の話と、昨日見かけた人魚の様子が一致しない。
人魚が本当に人を喰らう化け物なら、昨夜あの人魚はノワを喰らっただろう。ノワはあの美貌にすっかり魅入られていたのだから、容易かったに違いない。
しかしあの人魚は逃げた。ノワの姿を見るなり、海に飛び込んで。
もう一度会えたら何かが掴める気がして、ノワはあの人魚が現れるのを待っていた。
もしかしたらこうしてノコノコと再びやってくることこそ人魚の狙いで、今夜こそ食われてしまう可能性も頭を過るが、それでもノワはその場を動かなかった。
それが、妹のためなのかそれとも自分がもう一度あの美しい人魚に会いたいからなのかわからなくなってきた頃。
ザバンという水飛沫を上げて、昨夜と同じ巨岩に人のような魚のような、あの不思議なシルエットが現れた。
昨日よりも明るい月に照らされてよく見える。
それはやはり紛れもなく人魚だった。
ノワは堪らず立ち上がり、巨岩にふらふらと近寄る。人魚はノワに気付いていないようで、頭を振って水気を飛ばした。
飛んで行った海水と不思議な青い髪の毛がキラリと光るのを、どこか惚けた気分で見上げていた。
その時。
パキッという微かな音がその場に響く。ノワが踏み潰した貝殻の断末魔だった。
人魚の表情が驚愕に染まるのを見て、ノワは声を上げた。
「待ってくれ、頼む!」
人魚が、振り返った。
真っ赤な瞳が、嘘のように美しく、そしてその瞳が気弱ながらとても優しいことに気付くには十分なほどに、二人の距離は近かった。
「貴方は…昨日の…」
変声期を終えたばかりの、高くもなく低くもない耳に心地いい声だった。
人魚とはてっきり女性であると思い込んでいたが、その声は人魚が男性であることをノワに知らしめた。そしてこんなにも美しい男性の生き物がいることも。
「俺は…俺の名はノワ。誓って君に危害を加えたりしない。頼む、話を聞いてくれないか。」
ノワがそう言って両手を上げ丸腰を報せると、人魚の肩の力が抜けた。
「僕はルーシェン…あの、良かったら隣、どうぞ。ここ、風の音と波の音が両方よく聞こえて心地良いんです。」
二人が出会ったのは細い月が空に浮かぶ晴天の夜だったが、その日は月が二つ現れる事はなかった。
───
「あ、ノワさん!こんばんは!」
屈託のない笑顔を見せるルーシェンに、ノワは片手を上げるだけの挨拶を返した。
初めてルーシェンを見かけた三日月の夜から数日、今夜は綺麗な半月が空に浮かんでいる。
確か上弦の月と言うのだっけなとぼんやり思いながら、ノワはいつもの巨岩に登りルーシェンの隣に腰かけた。
「昨夜はどうしたんだ?」
「昨夜は…えっと、雨が降っている日は風があって波があるので泳ぎ難くて…雨の夜は人魚は皆寝ています。すみません、もしかして待っていてくださったのですか?」
「そうなのか。いや、俺も雨足が強くなってすぐに戻ったんだけどな。」
ハハッと誤魔化すと、ルーシェンはホッとした表情を見せた。
本当は冷たい雨に打たれて数時間ここでルーシェンを待っていたなんて、みっともなくて言えやしない。
出会ってほんの数日。
顔を合わせて言葉を交わしたのは数える程。だというのに、ノワはすっかりルーシェンに惚れ込んでしまっていた。
「今日はよく晴れて良かった。昼間島の子どもたちと砂遊びをしていたら日焼けしたよ。シャワーが痛かった。」
「砂で?どんな風に遊ぶんですか?」
「簡単だよ。海の水を少し含ませて砂を固めて城を作るんだ。なかなかの大作だったんだぞ。君にも見せたかったな。」
ルーシェンの人とは違う類稀な美貌ももちろんノワの心を捉えて離さないのだが、それ以上に、ノワの話をキラキラした瞳で楽しそうに聞いてくれるその姿が健気で愛らしくて堪らない。
ノワは毎日、今夜は何を話してやろうかと考えるようになっていた。
ルーシェンもまた、海の中の暮らしを話して聞かせてくれた。
そのどれもがノワの想像を遥かに超えていて、どんなベストセラー小説よりも面白い。一番驚いたのは、海の神ポセイドンが実在し、今存命している人魚は皆彼の孫にあたるらしいのだが、ポセイドンが所謂盛大なジジバカであるということだった。
『お爺様はお目覚めになると数百もいる全ての人魚におはようのキスを求めて泳ぐんですよ。』
と困ったように微笑むルーシェンはとても可愛らしかったが、ノワは海の神に対してほんの少しの嫉妬を覚えたのだった。
ノワが初めてルーシェンへの淡い恋心を自覚したのも、その時だった。
人魚が人を喰らう凶暴な生き物だなどと、一体誰がそんな根も葉もない噂を。
ノワはルーシェンの純粋で屈託のない表情を見るたび、島の人間たちに不信感を覚えていった。
───
「明日は、満月ですね…」
日々明るくなる月明かり。
空にはほぼ正円を描く月が浮かんでいる。
「ああ…いよいよだな。」
ノワは苦しそうに喘ぐ妹を思い出し、待ってろよ、と心の中で声をかけた。
ルーシェンは人魚の涙の真相も教えてくれた。
あの初めて言葉を交わした夜、妹の胸の病を治してやりたいのだと語ったノワに、ルーシェンは優しく微笑んで見せた。
人魚の歌声には治癒の力があり、その治癒の力は月の魔力を得て増大するのだと。
人魚の涙とは、晴天の満月の夜。
最大の魔力を得た人魚の歌声を海水に宿して持ち帰ることが出来るようにしたもののことなのだそうだ。
「僕も海水に力を宿したことは無いのですが…一生懸命、歌いますね。ノワさんの妹さんの為に。」
「ああ、頼む。」
もう、人魚の涙以外に頼れそうなものはない。
きっと運命だった。ルーシェンに出逢えたのは、妹が助かる運命だったからだ。
明日はよろしく頼む、とルーシェンに声をかけようとした時だった。
ルーシェンがその美しい赤い瞳に、暗い影を落としていて、今にも泣き出しそうな悲痛な表情をしていたことに気が付いたのは。
「…でも、明日でノワさんとはお別れなんですね…」
ポツリと溢れた呟きに、ノワの胸がきゅうっと締め付けられた。
そうだ、明日ルーシェンの協力のもと人魚の涙を手に入れたら、当然ノワは家に帰る。妹に人魚の涙を与えて、元気になった妹と遊んでやり、勉強を教えて…おそらく、二度とこの島を訪れることは無いだろう。それは即ち、ルーシェンとの別れだ。
この淡い恋心も、終止符を打たねばならないだろう。
ルーシェンは男であるし、それ以前に人間と人魚だ。文字通り住む世界が違う。
どうせ叶わぬ恋なら、今ここで。
と、口を開いた矢先、言葉を紡いだのはルーシェンの方だった。
「僕、もう戻って休みます!喉の調子を整えて、ノワさんに最高の歌をお聴かせしないと…えっと、なんでしたっけ、てるてるボーイ?も、作らないとですね!」
先ほどの痛々しい表情から一転、空元気にも見えるほどに明るく振る舞うルーシェンに、ノワは思い直した。
自分との別れをルーシェンが寂しがってくれている。それだけでも十分じゃ無いか、と。告白なんかして、むやみに困らせることは無いと。
「…てるてる坊主、な。俺も宿に戻っててるてる坊主作って寝るかな。」
「あっそうだてるてる坊主!それです!僕てるてる坊主にノワさんの似顔絵描きますね!」
「俺の?それは、ちょっと…どうだろう…?」
「あ、ひどい!僕絵を描くのは得意なんですよ!」
悪い悪い、と憤慨するルーシェンの頭を撫でてやりながら、ノワは心の内側がほっこりと温まっていくのを感じた。
もうすぐ空が白み始める。
ほんの数日間の、淡い淡い恋心。
美しい人魚に出会いその優しさに癒されながら語り合った日々は、きっと一生の想い出になるに違いない。
───
翌朝は、快晴だった。
にも関わらず、正午を過ぎた頃から雲がかかり始め、夕暮れにはポツリポツリと小雨が降り注いでいた。
当然、月は見えない。
ノワは巨岩に腰掛け、空を見上げた。日が落ちるのは見届けられなかった。月が昇ってくるのも、見届けられなかった。
夜のうちに、雨が止んで月が顔を出してくれないかと僅かな望みをかけて、ノワは空を見上げる。月が顔を出し、雨の日は眠っているというルーシェンが顔を見せてくれるのを待つ。
「ノワさん…」
どれくらいそうしていただろうか、ルーシェンが弱々しい声と共に海の中から顔を出した。
「ルーシェン…来てくれたんだな。雨だから眠っているのかと思ったよ。上がってくるの大変だったんじゃないか?」
「いえ…これくらいの波なら…それより、月が。」
「もう少し…もう少し待ってみるよ。雨足も強くない、止むかもしれないからな。」
空は厚い雲に覆われて、雨足は弱まるどころか強くなっている。明日は嵐かもしれない。今夜は月が現れないであろうことはノワもわかっていた。
天候ばかりはどうにもならない。
空が明るくなり始めたが、どんよりと重く雲がかかっていて、激しい雨が降り注いでいた。
月は、結局一度も顔を出さなかった。
「…ごめんなルーシェン、凄い波だ。戻れるか?」
「僕は、なんとかなります…でも、ノワさん。」
「また、来月だな。」
来月まで、妹が無事でいてくれることを祈るしかない。
「ルーシェン…今夜は、側にいてくれてありがとう。すごく…嬉しかった。」
ノワは雨に紛れて、涙した。
月が現れなかった無念にではない。
月が現れなかったことで、もう一月ここにいる理由ができた。ルーシェンに会う口実が出来たことを、どこかで喜んでいる。妹が今この瞬間も苦しんでいるというのに。
この恋をまだ過去のものにしなくていいという安堵に、そんな自分の身勝手さに、涙した。
───
悲しんでばかりはいられない。
ノワは宿の女主人に頼み、宿の住所から家に便りを出した。
人魚の涙の真相をつかんだこと。
晴天の満月に巡り会わなければならないこと、先日は雨が降って叶わなかったこと。
そしてルーシェンが渡してくれた深海の一等美しい貝殻を妹に宛てた。
「あたしはずっとこの島で生きてきたけど、こぉんな綺麗な貝殻見たことないよ!妹さん喜んでくれるといいねぇ。」
バンバンと過ぎた力で背中を叩いてくる女主人は、妹に手製のクッキーを焼いてくれた。海塩を使用しているらしいそれは、味見をしたら止まらないほどに美味しかった。
島の人々は、人魚の話題さえしなければ気のいい人ばかりだ。
初日は加われなかった酒盛りの輪に自然と溶け込めるようにもなった。
が、夜が近付くと皆一斉に海辺を離れ、陸地で歌い踊り始める。人魚がくるー!と大声をあげて子供たちが走って逃げていく。
心優しいルーシェンがまるで爪弾きにされているようで、ノワはそれだけが納得いかないと思いつつ海辺に通う。
その道中、必ずあの小さな老婆を見かけるのだ。
ノワが初めて夜の海辺へ行こうとした時に、海には近付くなと警告したあの老婆は、あれ以来何も言ってこない。
ただジッとノワを見送るだけだ。
失礼極まりないが、不気味である。
老婆は島一番の長老のようで、時折子供達に昔話や豆知識を与えているようだった。住民たちは皆彼女を「おばば様」と呼んで慕っているが、彼女がにこやかに対応しているところは一度も見たことがない。
彼女こそが人魚の悪い噂を流しているのではと、ノワは下種な勘繰りをしている。ルーシェンに逢いに行く道すがら彼女を不躾に睨め付けてしまうのだった。
「君たち人魚が嫌われているのが納得できない。君はこんなに優しいのに…」
そうルーシェンに伝えると、彼は困ったように微笑んだ。
「理性のある生き物は得体の知れないモノが怖いものですよ。僕らの中には人間を怖がる人もいますし…僕も、ノワさんに出逢うまでは人間ってちょっと怖かったです。」
だって魚を食べるでしょう?と頬を掻くルーシェンをかき抱きたい衝動を抑えるのに、必死だった。
優しくて可愛くて、自分とは違う世界観を持っているにも関わらず、それを押し付けることをしない。むしろ自分たちとは違う、ノワの世界を知ろうとしてくれる。
なんて愛しい生き物だろうか。
「そういえば人魚は何を食べるんだ?」
「僕、白ナマコが大好きなんです!獲ったまま踊り食いが一番美味しいですよ、今度獲ってきてあげます!」
「ナマっ…いや、遠慮したい…かな…」
───
そして数日が過ぎた。
このところ、曇り空が続いていて月の様子を伺えないが、恐らくそろそろ次の満月の頃だ。
今度こそルーシェンとの別れが近付いているのかもしれないと気が重くなってくる。
せめて少しでも多く逢っていたい。
足早に海辺を目指すノワを呼び止めたのは、おばば様と呼ばれる老婆であった。
「お若いの、また海かえ?」
どこか咎めるような嗄れた声。
ノワは不愉快になっておばば様の目の前を素通りしようとしたが、次の言葉に身体が硬直した。
「人魚は悪じゃ。その見た目も声も、我らを喰らう為のもの。人魚に近付いてはならん。」
「人魚は悪い生き物じゃない!知ったような口を利くな!」
突然の大声に、老婆は微塵も表情を動かさなかった。
ルーシェンは、ノワに出逢うまで人間が怖かったと言っていた。魚を食う人間が怖かったと。人魚は恐ろしい生き物などではない。寧ろ怯えさせているのは、魚肉を食う人間の方だ。
それなのに、勝手な噂で嫌われ者にされている。あんなにも優しい子が。
怒りで目の前が赤くなり、握った拳がわなわなと震える。怒り露わに突然声を荒げたノワにも全く動じず、おばば様は深い深い溜息を吐いた。やれやれといったその姿が余計に腹立たしい。
今度こそ無視してルーシェンの元へ向かおうと踵を返したその時。
「ああ、こんなところにいたのかい。あんたに手紙だよ。」
背後からかけられた第三者の声。それは宿の女主人のもの。
おばば様ににこやかな挨拶をしてから、ノワにその手紙を差し出した。
差出人は、父だった。
嫌な予感がして、慌てて封を切る。手が震えて上手く切れなかった。ビリビリになった封筒に苛立ちながら手紙を確認すると、ノワは目の前が真っ白になった。
妹の容態が急変し予断を許さない状況であることが、走り書きで記されていた。
最後に日付が記されている。4日も前だった。
「あ…」
ルーシェンに、逢わなければ。
ノワは手紙を握りしめ、ふらふらと覚束ない足取りで海辺へ向かう。女主人がそれを咎めるような声を上げていたようだったが、それどころではなかった。
父が手紙をたしなめたのが4日前。
あんな急ぎの手紙を出す程の容態が、4日前。
これから満月を待ち、人魚の涙を手に入れ家に帰るとなると、何日かかるだろう。妹は、それまでもつだろうか。いや手紙の日付からして、最悪もう既に、なんてことも。
「あ、ノワさん!…あの、どうかしました?顔色があまり…」
ルーシェンの朗らかな声がノワの強張った表情を見るなり不安の色を見せる。
ノワは重たい頭を上げ、ルーシェンの顔を見た。相変わらずため息が出そうになる程の美しさが、今日はよく見える。今宵は月が出ているようだ。
「ソフィアが…」
「え?」
「ソフィアが、妹が、危篤だって…4日前の日付で、手紙が…」
力の入らない足では巨岩に登ることも出来ず、それどころかノワは絶望にその場に崩れ落ちた。
ルーシェンが慌てて巨岩から飛び降り、海から浜辺に上がってきた。
細い手が震えるノワの肩に置かれ、ノワが顔を上げると、ルーシェンのちょうど真後ろに月が見え隠れしている。ルーシェンに隠れてその全貌は窺えないが、正円のように見えたのは、ただの願望だろうか。
「ルーシェン…どうしたらいい?満月を待って薬を届けてやりたい…でも、間に合わないかもしれない。いやもう間に合っていないのかも。俺は、俺は病に苦しむ妹を放って…」
「ノワさん、ノワさん落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられるか!」
肩に置かれた腕を振り払い大声を上げると、ルーシェンの細い肩がびくりと跳ね上がった。
赤い瞳にジワリと涙が浮かぶ。さながら聖水のように、少しの濁りもない美しい涙だ。
その姿を見て、ルーシェンへ抱く恋心がズキンと痛み、ノワは小さな小さな声でごめん、と告げた。ルーシェンは小さく首を振って応えてくれたが、目を合わせてはくれない。
妹のことに加え、なんてことをしてしまったのかという後悔も重なってうなだれてしまったその時。
ルーシェンは懐からそっと小瓶を取り出した。それをぎゅっと握りしめる。その姿は、まるで祈っているように見えた。
声をかけることも忘れて魅入っていると、ルーシェンが海へと飛び込んだ。
そして見た。
ルーシェンの背に隠れていた、二つの月を。
見事な満月であった。煌々と降り注ぐ優しい月光はどこか神々しくあたりの闇を照らしている。
その満月が濁りのない美しい海に映し出され、まるで月が二つあるかのように見えた。
「こんな…ことが…」
伝説だと思っていた。嘘っぱちだと。月は二つもないのに、月が二つ現れるなんて馬鹿な話があるかと。
それでもその伝説に縋るほどに参ってしまっていた。
圧倒的な存在感を放つ二つの満月に言葉を失っていると、どこからか歌が聴こえてくる。
言葉はわからない。
高くもなく、低くもない声だ。優しくて、心安らぐ暖かい声。蕩けるように甘美でありながら気高く、母の子守唄のようでありながらオペラ歌手のアリアのようでもあった。
ルーシェンの歌声だった。
永遠に聴いていたいと思わされたその歌は、実際にはどれだけ聴けたのだろう。
気がついたときには目の前にルーシェンがいて、その表情は俯いてしまって窺い知れなかった。
ルーシェン、と声をかけようとした時。
「ノワさん…僕…貴方に謝らなければならないんです…」
先に口を開いたルーシェンの声は、今の見事な歌声の持ち主の同一とは思えない程に暗く沈んでいた。
「僕、先の満月の時…てるてる坊主作りませんでした。晴れて欲しくなかった。満月の夜が来たら、貴方は帰ってしまう。もう逢えなくなってしまう。ノワさんは、妹さんがご病気で、それなのに、僕っ…」
ポツポツと砂の色が変わる。空は快晴で、未だ見事な満月が夜の闇を照らしている。
「僕、あの日雨が降って嬉しかった…僕、最低なんです、ごめんなさい…ごめんなさっ…」
その続きは、聞けなかった。
震える肩を抱き寄せ、骨が軋むほどに強く抱きしめたせいで、ルーシェンの言葉はノワの胸に阻まれて消えたから。
「…俺も、同じだ。あの日雨が降ったから、もう少し君といられると喜んだ。俺も、最低だ…」
ルーシェンは時折ごめんなさいと繰り返しながら、ノワの腕の中で嗚咽を漏らしていた。
妹の容態が急変したのは、きっと罰だったのだ。愛する妹のためにここへ来たのに、自分の恋に溺れたことへの罰。
ノワは静かに一雫だけの涙を流した。
───
どれくらい、そうしていただろうか。ルーシェンがそっとノワの胸を押し返した。
「ノワさん、これ。」
そして差し出されたのは、ルーシェンが握りしめていた小瓶。
中には、透明な液体。
海水だ。
二つの満月の力を得た人魚が、治癒の力を宿した海水。
ノワが遠路遥々探しに来た、人魚の涙。
「味はただの海水だから、すごくしょっぱいから…飲む時は気をつけてって伝えてくださいね。」
そして、腕をくいと引かれる。然程強い力ではなかったが、抗わずに顔を寄せると、そっと触れるだけのキスをされた。
「僕、人魚だけど、貴方は人間だけど…貴方のこと、愛していました。」
さよなら。
囁くような告白と別れの言葉。
それだけを置いて、ルーシェンはすぐさま海へと飛び込み、そして潜っていってしまった。
「ルーシェン!!」
声を荒げても、もうそこにルーシェンはいない。
「ルーシェン、必ず戻ってくる!妹にこれを届けて、元気になった妹と一緒にここに来るから!だから待っててくれ!」
愛してる─。
その叫びがルーシェンに届いていたかどうかは、終ぞ知ることはない。
───
「人魚の涙を手になさったかね、お若いの。」
夜が明け、海辺から戻ってきたノワを迎えたのはおばば様だった。
ちらりと一瞥しただけで、ノワはその場を後にしようと変わらない速度で歩みを進める。おばば様も、少し後ろからついて来ていた。
「お若いの、これは老い先短いおばばの切なる願いじゃ。どうか、人魚の存在は世に広めんでくれんかの。人魚の涙は、伝説のままにして欲しいのじゃ。」
そのおばば様の声が、今までと違って弱々しいもので、ノワは思わず足を止めて振り返る。
そこにいたのは年老いた小さな老婆には違いないが、いつもの不遜な態度の頑固老人ではなく、疲れ切った表情をした、死を待つだけの老人だった。
「人間は勝手じゃからの…人魚の涙を手に入れる為に、人魚を支配下に置こうとする。あれらは優しい生き物じゃが、弱い生き物じゃ…そっとしておかねばならん。」
「おばば様…あんた…」
「この島の人魚の噂の発端はな、儂の兄なんじゃ。母の病を治す為に人魚の涙を探しに行き、船が難破して脚を失った。それを助けたのが人魚じゃ。歌を歌ってな…兄は人魚に恩返しをしようと島に連れてきた。儂も会ったよ。今でも覚えておる、ほんに優しくて綺麗な人じゃった。じゃが…」
おばば様は、ゆるく首を振った。
「こんな辺境の島じゃ…当時は貧しかったからの。人魚を金儲けに使おうと企んだ島の人間たちにさんざ嬲られて、遂に人魚は死んでしもうた。兄は怒り狂った。そして儂に言ったのじゃ。」
人魚に人間を近付けてはならない。協力してくれ、僕はこれから発狂したふりをする。便所も行かないから、世話をして欲しい。
そして僕が脚を失ったのも発狂したのも人魚のせいだということにして、僕が死んだ後も後世に伝えてくれ─。
おばば様の兄は暫く発狂したふりを続け、ゆっくりと時間をかけて回復したふりをし、そして正気にかえったふりをして人魚の恐ろしさを騙った。
おばば様の兄はその後流行り病にかかり短い生涯を閉じたという。
そして残された島の人間に、おばば様は騙った。兄から託された嘘を。
その甲斐あって、他所者は愚か島の人間でさえ人魚に近付かない今が出来上がった。
全ては、人魚を守るために。
「お願いじゃお若いの。人魚は弱い。欲に塗れた人間から、あの綺麗で優しい生き物を守りたいのじゃ…」
おばば様は、それきりそこに立ち尽くし、付いてこなくなった。
───
「おにいちゃーん!見て、描けた!」
庭に元気な幼い声が響き、ノワが立ち上がると、妹のソフィアが軽い足取りで駆け寄ってきた。
それを見ながら、ぼんやりと思い出に浸る。
ルーシェンと別れ、その足で船に飛び乗って帰路へ着いた。手に人魚の涙を握りしめ、脳裏にルーシェンの微笑みを浮かべ、耳に残るおばば様の嘆願を反芻しながら。
やっとの思いで家に着いた時、ソフィアは虫の息だった。医者も手を尽くし、あとは息をひきとるのを待つばかり。
ノワが急いで医者に人魚の涙を差し出すと、医者はゆるく首を振って、まるで悪あがきだと言わんばかりであったが、それを真水で薄め妹の口に含ませた。
すると、真っ白だったソフィアの頬に赤みがさし、細い息が穏やかに寝息を立て始めたのだ。
数時間後に妹は目を覚まし、数日後には身体を起こせるようになった。寝たきりで筋力が落ちてしまっていたが、今ではこうして少しなら庭を駆けることもできる。
奇跡だ、と医者は言った。
一体何の薬だったのかと。どこでどうやって手に入れたのかと。これがあれば、多くの患者を救えると医者はノワに縋ったが、ノワは入手できたのは本当に奇跡だったと言い張り決して真実を口にしなかった。
ただ一人、幼いソフィアにだけは真実を告げた。きっと大人になる頃には、兄は苦労して手に入れて来た薬を馬鹿な御伽噺にすり替えたのだろうと思ってくれることを祈って。
ルーシェンは今どこで何をしているのだろう。
あんなにも願った妹の元気な姿を見ながら、ノワの心は日々虚無感が広がる一方だった。
このところ、四六時中ノワの頭の中を占拠するのはルーシェンのことばかりで、また独りであの巨岩に腰掛けて、風と波の音を聞いているのだろうかと思うと切なくて堪らない。
会いたい。
どうしようもない願いを胸に抱きながら、妹と過ごしている。
会えないことはないと思う。またあの遠い南の地で、あの海辺で待っていれば、きっと会える。
けれど会ってしまったら最後、もうここに帰って来られない気がしていた。
折角元気を取り戻した妹を置いて南へ発つ勇気は、今のノワにはなかった。
「そんなに走ると転ぶぞ。」
「私もう元気だから大丈夫だもーん!それよりほら、見て!上手に描けたの!」
元気になって自信がついたのか少し小生意気になったが、それでもまだまだ甘えん坊で、ソフィアはノワの膝によじ登り、手の中の画用紙を広げて見せた。
ノワはそれを見て、驚愕した。
黒い髪の男と青い髪の人魚がにっこりと満面の笑みを浮かべて手を繋いでいた。二人の手の中には、小瓶のようなものが描かれている。
そして画用紙の上の方には『おにいちゃん、にんぎょさん、ありがとう』と大きく書かれていた。
ノワは目頭が熱くなり、込み上げるものを抑えるために片手で口を覆った。
「お兄ちゃん、これ、人魚さんに届けてくれる?ソフィアがもっともっと元気になったら、お兄ちゃんと一緒に会いに行くよって伝えてくれる?」
幼児の拙い絵だ。字も汚い。
けれどきっと、あの心優しい人魚は喜んでくれる。
「ああっ…必ず…必ず届けるよ!…ありがとう、ソフィア…」
───
ノワはその翌日、再び南の果てを目指して旅立った。
汽車に乗り船に乗り、数日かけて辿り着いたその地は、以前となんら変わらない。ノワが世話になった女主人の宿を取ると、島の人々が集まって歓迎してくれた。だがそこに、おばば様の姿だけが見えなかった。
そして日が暮れる頃、ノワは海辺を目指す。まだ月は出ていない。
ノワはルーシェンと語り合った巨岩に登り、腰掛けた。来てくれることを願って、ソフィアから託された絵を握りしめた。
しかしその日は、ルーシェンは現れなかった。
空が白んで来て諦めて宿に戻ると、宿の女主人が慌ただしく朝食の準備をしていた。海の幸をふんだんに使ったあの具沢山スープの香りがする。ノワは足を止め、朝食を食べてから眠りについた。
その次の夜も、ルーシェンは現れなかった。
海辺で夜を明かし、宿で朝食を食べてから眠り、昼に起きるという生活を繰り返した。
さよなら、と告げたルーシェンの顔が蘇る。もしかしたら、あの日からルーシェンは地上に来ていないのかもしれない。
悪い予想を振り払うべく、ノワは朝食のスープの皿を洗っている女主人に声をかけた。
「なぁ、女将。おばば様はどうしたんだ?全然見かけないんだが。」
と。
すると、女主人の動きがピタリと止まった。水道の音だけが響いていた。
「おばば様ねぇ、あんたが帰った数日後に倒れて…そのままお空に昇ったよ。もうかなりのお年だったからね…」
寂しいねぇ、と女主人は続けて、再び洗い物を始めた。
ノワは、何も言えなかった。
あの時せめて、人魚の涙については口外しないと約束すればよかったと、今更思っても、どうにもならないことだからだ。
───
その日は、流石に少し気が滅入った。
連日の待ち惚けに、おばば様の訃報。ノワはため息をついて海辺に向かう。
ルーシェンにも、もう逢えないのだろうか。そんな風に思えてしまって、ノワは巨岩に寝転んで夕日が沈むのをぼんやり見ていた。
手の中の画用紙は、少しくたびれてきてしまった。開いてみると、ソフィアが描いてくれたノワとルーシェンが仲良く手をつないでいる。
「逢いたい…ルーシェン…」
ぽつりと溢れた呟きは、無意識だった。この絵のようになれたら、どんなにいいか。
眺めているとどんどん悲しくなってきて、ノワはその画用紙をたたむと、空を見上げた。
目に飛び込んできたのは、無数の星に囲まれた見事な満月だった。
ノワは慌てて体を起こす。
二つの満月がまた見られるかもしれないと。しかし、水面に浮かんでいたのは映し出された満月ではなかった。
月明かりの下、青のような紫のような不思議な髪がキラキラと輝いている。
「ルーシェン…」
その表情は、今にも泣き出しそうであった。
「忘れようって…ノワさんは人間で、ここに住む人でもなくて…もう、逢えないんだからって思ってたのに…どうして、どうして毎日ここに来るんですか、ノワさん…」
滑らかな頬を美しい涙が一筋伝い、ルーシェンはそれを指でそっと拭うと、ノワの方へすいと泳いできた。
「ルーシェン…ルーシェン、逢いたかった。君にこれを…」
ノワがくたびれてきた画用紙を差し出すと、ルーシェンは漸く巨岩に上がってきた。隣に腰掛けたルーシェンから潮の香りがして、ノワは心が安らぎ目を細める。
ルーシェンはガサガサと画用紙を開いた。
「ノワさん…これ!」
「妹から君に。体力は落ちているけれど、元気になったんだ…もう庭を走ることもできるんだよ。少ししたら、学校にも行けるだろう。もっと元気になったら…君に会いたいと、そう言っていたよ。」
それを告げると、ノワは画用紙を食い入るように見つめているルーシェンの細い身体を強く抱きしめた。
「ありがとうルーシェン…本当に…」
他にこの気持ちを伝えるのにぴったりな言葉が見つからず、ノワはルーシェンを抱く腕に力を込めた。
「ルーシェン、俺は…この島に住もうと思う。すぐにとはいかないが…君と一緒にいたいんだ。」
危惧した通りだった。
再び逢ってしまったら、もう離れたくなかった。
いつかソフィアがもっと元気になり、海を渡れるようになったら、ソフィアをルーシェンに会わせてやりたい。
いつかソフィアが大人になり、自分の意思でこの島へ来ることが出来るようになったら、自分があの家でソフィアを守り続ける必要もない。
そうしたら、この海辺に小さな小屋を建てて、一緒に暮らそう。
そっと唇を重ねると、ルーシェンのか細い腕が恐る恐る背に回る。ノワの存在を確かめるようなその動きに、ルーシェンの背を撫でて応えてやると、ルーシェンの腕にも力が込められた。
「逢いたかった…ずっと、貴方のことばかり考えて…」
そう告げるルーシェンの目に浮かんだ涙をすくい取ってやると、再び優しいキスを送る。
今度は、ルーシェンもしっかりと抱き返してキスに応えてくれたのだった。
───
人魚の涙の伝説はいつしか廃れ、人間が人魚を狙うこともなくなった。
南の地には、人間と人魚が共に暮らす島が存在するらしい。
今、人々に語られる伝説は、一片の嘘もない。
【感想はコチラまで→】めろんぱん@melon_bunbunbun
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