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第4夜

「もし。もぅし、この家の方」 ほとほとと戸を叩く音を聞いて、私は筆をおいた。 今宵も、アザミは顔を出さない。仕方なく私は、戸口近くへと近づいた。 「今から、ここを開けます。ですから、ご自身で琴をお持ち下さい」 「なんと?!」 男は驚きの声をあげた。 すかさず私はわざとへりくだり、事情を説明した。 「お怒りはご尤も。このような横着、本来ならば到底赦されることではありますまい。しかし、この屋敷にあるは、病がちな主とこの年寄りのみにて。琴を持ち上げ、外までお運びすることは出来ないのでございます」 「そうでしたか。それは、誠に……ご迷惑をおかけしました」 男は心底すまなそうに、謝った。 「さぁ、こちらです。灯りの傍までお進み下さいませ」 私は戸を開け、男を促したが。男は戸口から動かない。 「やはり、主殿に一度、御挨拶がしたい」 実直な気質なのか、単なる好奇心なのか。はかりかねたが。 元より、これ以上の関わりを持つ気は無い。 「あいにく、主は此方には居りません。近くの寺に参籠しておりますれば……」 私はそれらしい断りをして、その場を取り繕った。 「では、主殿にこうお伝え願います。道草少将がまた間違えたようです。それから、この琴はあなたのような名手にこそふさわしい。ですから、このまま置いて参ります、と。」 言い終えると、風のような速さで男は立ち去った。 「ほら、みろ。やはり厄介なことになったじゃないか」 憮然としながらも。アザミは、琴を優しく抱えると、丁寧に棚へと戻した。

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