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第5話
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高校も最終学年となるとほとんどの生徒にとって芸術の授業は息抜きの時間だった。音楽と美術と書道のなかでも音楽は、定年間近の癖にやたらと熱意のある教師が受け持っていた。
『音楽は一生の宝だ、社会に出る前に何か一つ楽器を弾けるようになりなさい』と言いながら毎年二人一組でクラッシックギターを弾かせる教師だった。
選択肢の一番上にあるから、と言うだけで選ぶ生徒も多かったが、練習さえこなせば簡単に高成績をくれることでも知られていた。そのため、内申点を稼ぐために選択する推薦狙いの生徒も少なからずおり、年前半はいつも比較的真面目な雰囲気で進められていた。
私立高校の強みか、『名物先生』と言えば聞こえはいいが優秀で個性の強い教師が集まっているのもこの学校の特徴だった。
有名な映画の音楽を毎年ギター二重奏用にアレンジしているこの音楽教師は、若い頃教え子の女子生徒に惚れ、彼女に捧げるピアノ曲を作ったらしい。相手にされなかったため何事もなかったのはいいけれど、彼の暴走は周りから見ても明らかで、学校にバレて解雇された後ほとぼりが冷めるまで他県で別の仕事をしてからここに来た、と言う噂があった。
「それでは、これからギターデュオで一曲練習して、夏休み前に全員の前で披露できるようにしましょう」
授業開始から約一か月、全員がコードとアルペジオまで覚えたという想定で授業は進められてゆく。
「好きな人とペア組んでください。気の合う仲間、同じ高みを目指す相手を見つけなさい」
たかが選択授業でそこまで、と心の中で思いつつ生徒たちは黙って頷く。
奇数人数のこのクラスでは一組だけ三人のグループができる。
周りを見渡しながら目が合った僅かな時間でお互いの意思を判断し、視線を逸らせたり頷きあって二人組が作られてゆく。
佐藤類は相手を探していないだろうと、いう根拠のない考えを確認する為、密は誰とも目が合わせないようにしながら右を向いた。
一人挟んだ壁側で音楽室全体を黙って見ている横顔があった。
類は向こうからの視線には気づいていた。
――あの背の高い、変わった名前の子だ。
少し動きが早くなった心臓を気のせいだとなだめながら、視線を動かさずに気づかない振りを続けていた。それをいい事に密は興味深そうに類を眺めている。
――ばれてないと思っているのかな?
どう隠そうとしても見ている相手にはすぐに気づかれる程大きな瞳の持ち主は、その自覚が無いようだった。
――やっぱり…、クラスに溶け込んでないから、探しにくいよな。
そう思いながら、類が前方をまっすぐ見つめているのをいいことに、密はその横顔をまじまじと観察していた。
額から鼻先に連続する曲線と直線、固く突き出た上唇の端が窓からの光を受けて白く光っている。その光の具合に目を奪われていた。
何秒経ったのだろうか、流石に居心地が悪くなって類が密を見た。いつの間にか一心不乱に見ていた相手と突然視線が合い、密は慌てて視線を逸らせた。
――見過ぎた、俺の馬鹿!
密は背中を丸めて大きな体を縮めながら心の中で自分にツッコミを入れたけれど、動揺は隠せない。
頬が紅潮したのを誰にも気づかれないように下を向くと、類との間にいたもう一人の生徒が何事かと密の方を向いた。
「まだ決まっていない人は早く決めなさい」
教師の言葉にはっとして部屋を見渡すと、どうやら密のいる部屋の端の三人以外みんな好きなようにくっついたらしい。このまま三人かと思っていたら、真ん中の生徒は前列の生徒と話をしながら前にずれてゆき、残された密と類は自動的にペアとなった。
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