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第6話

 ペア同士かたまるように椅子を移動させた後、目を反らした気まずさから密は先に声を掛けた。 「よろしく。有本です」 「有本(ひそか)くん、クラス一緒だから名前は知ってるよ。よろしく」 「フルネーム知ってんのか。変な名前だとすぐ覚えられるから悪い事できないな」  苦笑しながら恥ずかしそうに長身を曲げてギターの上に覆いかぶさる密に、類は相好を崩した。  屈託のない笑顔がこぼれる。陽光をはじくよう新緑のような顔を見て、密の心臓が再び大きく脈打った。 ****  その大人びた雰囲気に似合わず類は不器用だった。それぞれのパートを軽くさらってみよう、という密の提案に頷いたのはいいけれど、指を転ばせながらたどたどしく二小節弾くのがやっとだった。  小指と薬指を独立して動かすのに慣れてないため弦を押さえきれず音が濁ってしまう。開こうとすると指が弦に干渉して正しいコードが鳴らせない。 「ん、こうかな、あれ?」  ギターの上に覆い被さりながら必死で左手を確認してはたどたどしく爪弾いてゆく。  兄からギターを教えてもらったことのある密には、その覚束なさが微笑ましく見えた。 ――本当に来年二十歳になるのかな、こいつ。  音楽とは全く関係ないことを考えながら、密はいつの間にか手を止め、ボディーに肘を突いてその様子を眺めていた。  隣から音がしなくなったことに気付いた類がふと顔を上げた。 「下手すぎてびっくりした?」  そう言いつつ、にっこり微笑んでいる所を見ると上手く弾けない事をそれほど気にしている訳でもなさそうだった。 「ギター初めてだろ?俺、ちょっとなら弾けるからコツ教えようか?」 「ありがとう。こんなので単位大丈夫かな?」  類が冗談めかして言う。 「授業さえ出てれば大丈夫だろ。発表順が最後になると弾かなくてもいいらしいんだけど、有本(おれ)と佐藤じゃそれはないな」  手を止めている事を教師に指摘されないようにギターを構える振りをした密に、類が首を傾げて小さな声で笑った。 「そうだね、二人とも名字が|渡辺《わたなべ》とか|鷲見《わしみ》だったらよかったかもね」  冗談としては笑えるほどのものではなかったけれど、思いがけず真正面から見た類の笑い顔は、少し揺らせば散りそうなほどほころんだ花のように柔らかかった。  つられて密も思わず笑顔になった。    笑いながら、身体の奥で温かい気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。

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