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第8話

****  「受験生の自覚を持つためにも図書館くらい行きなさい、行けば嫌でも勉強するでしょ」という訳の分からない理屈で、密は三年になってから週末の内一日は地元の図書館に通わされていた。  図書館には来ていたが、附属の大学には行かないことに決めているため勉強しなければいけない事は分かっているが、夏休み前だからと自分に言い訳しながら、滞在時間の半分位は本や雑誌を読んでのんびり過ごしていた。  自習者用のスペースが充実したこの施設には、開架の奥に並んだ閲覧机の向こうに自習室があり、半透明のガラスで仕切られた個室が並んでいる。  ガラス越しでも、学生や大人が調べ物をしたり、ただ遊んで時間を潰している様子がうかがえた。  自習室に向かってゆく密が何気なく視線を動かすと、見慣れた風景の中で、ピンと伸びた背中が目に飛び込んで来た。 ――佐藤類だ。  後姿なのに、なぜかすぐにわかった。数冊の本を手に、自習室に入って行く。  この図書館で高校の同級生に会うのは初めてだった。  家が近いのか?ここにはよく来るだろうか?  クラスで見ている限り随分勉強はできるようだけど、こんなところで受験勉強をしているのだろうか?  聞きたいことが頭の中でぐるぐると回り、気が付けば密は彼の入ったガラス張りの自習席の近くに来ていた。  ストーカーかよ、と苦笑しながら上から覗くと、カバンから荷物を出そうとしていた類が気配に気づいて見上げて、目が合った。  手を止めた類に片手をあげて挨拶する。類も首を傾げて笑い、身体の向きを変えながら手を振り返した。  声に出さずに、『少しいい?』と身振りで伝えると、『何?』と目で返しながら立ち上がり、類は半透明のガラス扉を開いた。  個室のスペースを守るかのように入り口を塞いで立つ類の表情は、どこか固かった。 ――緊張、警戒してる?  急によそよそしくなった空気に密は戸惑いの表情を浮かべた。  それに気づいた類がふっと肩の力を抜いて真っ直ぐに密の目を見つめてぎこちない笑顔になる。  目に見えない壁があるとしたら今自分の前に立ちはだかっているのがそれだ。  透明な壁?いや膜だろうか。押そうが叩こうが形を柔軟に変える、絶対的な拒絶がそこにあった。 「ごめん、邪魔だった?こんなところでクラスの奴に会ったからびっくりして…」  気まずい空気に耐えきれずに密が言う。 「ああ、そんな事…、あの」  意味をなさない言葉を呟きながら類は赤面し、視線を泳がせて自販機のある休憩スペースを指差した。  勉強するとか、忙しいとか言って閉ざされると思った扉は予想に反して開き、類は財布とスマホだけ持って出てきた。

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