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第10話
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学校には、『理科棟の三階の端に近づくと掘られる』という噂があった。
地学を受け持つ野尻は学校にいる殆どの時間を地学準備室で過ごしている。
仕事に熱心なわけではない、そもそも地学の授業数は少ないし、受け持っている天文部も部員三名、たまにある天文イベントで集まる程度。
頭も要領もいい野尻は、必要最小限の事だけきっちりとこなし、空いた時間に好きなことをして過ごすのが常だった。
顎、口の周りを囲むようにきれいにトリミングされた髭の手入れもその一つだ。
思春期の生徒の中には自分と違うものを敏感に察知し、思いやりもなく排除しようとする者もいた。同性愛者だという噂を立てられるたび、野尻は否定してきた。長くても3年しかいない生徒のために安定した職を失うつもりはなかった。しかし、自分の性的対象である男性に囲まれたこの場所で時には気になる生徒がいることも事実だった。
三年生から転入してきた佐藤類もその一人だった。
妙なタイミングで転入してきただけで目立っていた彼の、凛としたたたずまいと温和な表情の中に崩れそうな危うさが影を落とした容姿に目を奪われた。そして地学の授業で初めて間近で本人を見た時、野尻には一目で自分と同類であることが分かった。
「金曜の授業準備手伝いだが、…佐藤と佐山で。昼休みに準備室に来てくれ」
クラス中が興味深々な表情を浮かべて類を見た。あからさまに振り返って見るものは少数で、大抵がさり気なく視線だけ動かして名指しを受けた新参者の反応を見ていた。
自分が名前を呼んだ生徒は好みのタイプである、と生徒たちが噂している事を野尻は知っていたし、そんな状況には慣れっこだった。そもそも手を出す訳ではないのだからいいだろう、とすら思っていた。
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広い地学準備室は雑多なものであふれていた。汚いとまではいかなくても散らかっている。
野尻は十年近く勤務している間に自分の好きなように部屋を作り上げていた。
窓際に寄せた机から下を見れば、下校する生徒を見ることができる。休み時間は一、二階の渡り廊下をじゃれ合いながら通る生徒達や、自販機で買った飲み物をその場で飲み干している様子も窺える。
キーボードを滑るように動く指先。モニターには類の名前と、いくつかのキーワードが並べられていた。
検索結果を眺めながら、少しずつキーワードを変えてみてゆく。
――どうせ時間はある。
気になる事を延々と調べながら、野尻は画面に表示される結果にのめり込んで行った。
そんな時、噂ばかり流れるとあるサイトで気になる記事を見つけたのだ。
『同級生が出会い系でカラオケ行ってマワされたって件。しかも男、レイプされても妊娠しないのがせめてもの救い』
『美人?ロン毛で後ろから突っ込めればアリだな』
『卒アル写真は?』
『ほんとにレイプなの?出会い系って時点で合意でしょwww』
当時の記事で該当しそうな事件は、『高校生が誘拐監禁され、捜索願が出されたのち翌朝保護された』というものだった。
特に乱暴されたという報道はなかった。名前は当然出ていない。
「ふうん…」
いつもの癖でふと窓の外に視線を動かすと類の後ろ姿が見えた。あれか、と思いながらいたずら心を出して名前を呼んでみた。
「佐藤!」
出会い系で集団レイプされた被害者、と思って見ると、あたりを見回している様子はどこか無防備にもみえる。
――嗜虐趣味があれば無理矢理抑え込んでやりたくなるな。
視線をさまよわせた後、三階の窓からのぞいている野尻に気づいた類が不思議そうな顔をした。
呼びましたか?と聞こうか迷っているようだったが、野尻が何も言わずに見ていると眉根を寄せてそのまま逃げるように門の方に小走りで駆けて行った。
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