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第13話
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気が付くとベッドに寝かされていた。しばらく天井を見ながら、類はなぜ自分がここにいるのか考えていた。
地学準備室で背中に触れられ気持ちが悪かったこと、勝田の言葉。
プリントは近くに置いてないからおそらく彼が持って行ってくれたのだろう。体を起こすと、ベッドの軋む音で気が付いたのか養護教諭がカーテンを開けた。
「起きたね、気分は?」
「あ、大丈夫です」
「顔色も戻ったな。貧血かなぁ、ここに運ばれて来た時真っ青だったよ」
「勝田君ですか?」
類の問いに教諭は微妙な表情で答えた。
「いや、勝田君が運ぼうとしたらしいんだけど、野尻先生が気付いて君を運んでくれたんだよ。後でお礼を言っておきなさい」
その言葉をゆっくりと咀嚼しながら類は再び血の気が引くのを感じていた。
大丈夫だ、何でもない、倒れた生徒がいたから助けてくれただけだ。そうやって自分の落ち着ける物語を作らなければさらに混乱しそうだった。
本当は気づいていた、あの先生は自分と同じだ。いや、あの時自分を閉じ込めた人間と同じだと。
でもその物語を別の話で上書きしなければ、平常心でこの学校に居続けることが苦痛になるのは必至だった。
早くなる鼓動を何とか落ち着かせようとして固まっている類に気づいた養護教諭が心配そうに声を掛ける。
「佐藤くん、無理しなくていいよ?ご家族に連絡して迎えに来てもらおうか」
働いている親に心配をかけたくない、そう考えていた時保健室の扉が開いて密が顔を出した。
「ちはー、失礼します」
場違いな程あっけらかんとした声でそう言った密は、室内の深刻そうな雰囲気に気が付き、入口に立ったまま養護教諭と類の顔を交互に見た。
「あ、の、佐藤くんの鞄を持ってきました」
教諭はほっとしたように笑って入るように促すと、自分は休憩に行くからと伝えて出ていった。
無表情なままの類にじっと見つめられて、密は入っていいものか躊躇いながら聞いた。
「入っていい?」
「ん?ああ、大丈夫。鞄、ありがとう」
保健室に入るのに確認を取られる理由に心当たりがあるかのように類が言う。
鞄を手にベッドに近づくと、類は足を下ろして腰掛けて上履きを探していた。ベッドの足元にあった上履きに気付いた密が手に取って近くに置くと、下ろした足を突っ込みながら安心したように表情を緩めた。
静かな午後の保健室。窓からカーテン越しに差し込む光が、黙ったまま密を見ている類の輪郭を浮かび上がらせていた。
二人きりのこの部屋に満ちる穏やかな空気が、お互いに気を許しているかのようで嬉しかった。
だから、密は油断して少し喋りすぎた。
「野尻の部屋に行った後で倒れたんだって?気に入られたなんて災難だったな。あそこ行く時は…」
それは生徒の間で普通にかわされている合言葉のようなものだった。けれど、類は途中で言葉を遮った。
「止めて、もうそれ以上その話は」
目の前に突然現れる、見えない冷たい膜。密には類の考えていることは分からなかったが、冷え切った感情だけは痛いほど伝わってきた。
上履きを履きながら類は俯いて首を左右に振る。
そんなに嫌なことを野尻に言われたのだろうか?もしかして何かされたのか?
冗談で聞けるような雰囲気でもなかった。
類は何も言わずにベッドから下りて鞄を手に取り、下を向いたまま扉に向かった。ふらついてこそいないけれど、覚束ない足取りに密は思わず声を掛けた。
「駅まで一緒に帰ろうか?」
すっきりと締まった体にようやくなじんだ制服。さっきまで寝ていたせいで皺だらけなったシャツの背中。
何を考えているのだろうか、暫くして類がポケットからタオルを取り出し目元に当ててから口を開いた。
「うん、じゃあ駅までいこ…」
声が、微かに震えている気がしたけれど、振り返った時にはもういつもの穏やかな顔になっていた。
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