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第14話
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類は密の使っている駅の二つ手前で下りて行った。
電車に乗る頃には二人はいつものようにポツリポツリと会話をしていた。両親が共働き、年の離れた兄はすでに家を出ているためほぼ一人っ子のように育った類と、姉兄と弟に挟まれて子供だけで固まって騒いでいる密の家の様子は対照的だった。
「兄弟だけでご飯を食べるって楽しそうだね。誰がつくるの?」
「兄貴、…俺も一応作るかな。って言ったって、野菜炒めとかニラ玉くらいだぜ。ねーちゃんは働いてるから金出してお刺身とか寿司買ってきてくれるんだよね。あ、お土産の中では唐揚げが一番人気だな」
「密のお姉さん、かっこいいね。うちの兄はケーキとか肉まんしか買ってきたことないよ」
楽し気に笑う類を見ながら密は迷っていた。またさっきみたいに言葉を拒絶されたらどうしよう。でも外部から来た類にはちゃんと言っておかないと嫌な目に合うかもしれない。
少し迷ったけれど嫌がられるのを覚悟で、密は口を開いた。
「あのさ、大事なこと言っていい?野尻の事だけど」
そこで言葉を切って類を見ると、動揺を隠し切れない瞳がまっすぐと自分の方を向いていた。
――目を逸らしてこないならきっと大丈夫だ、聞いてくれる。
「部屋に来いって言われたら、トイレでも忘れ物でもいいから言い訳して。誰かと一緒に行かないとマジでヤバイらしいから…気を付けなよ。頼みにくかったら、俺呼べよ」
最後まで黙って聞いていた類は、泣きそうな目をしながら無理矢理笑顔を作った。
「…分かった。勝田君にも言われた、ありがとう」
勝田も、自分を呼べと言ったのだろうか。
周りと打ち解けてない類と仲が良い、という優越感を覆され、言いようのない感情が胸に湧くのを感じた。
同時にそれ程親しくもなさそうに見えた勝田が、いつの間にか野尻に関する忠告をしていたと聞き、抜け駆されて類を取られた様な気分になった。
駅に到着する車内アナウンスが流れ、どちらからともなく黙り込んで会話が終わりになる。
ゆっくりと電車が止まるのに合わせて類が立ち上がった。揺れる車内でバランスを崩すことなく背筋を伸ばす様子が美しいと密は思った。
――そういえば、スキーしてるんだっけ。
袖から延びる腕も、服に覆われている身体もしなやかなバネを感じさせる。
何かのタイミングで突然纏う緊張、不器用にギターの弦を抑えている無防備な様子、時折見せる少し押せば崩れそうなアンバランスさ、今目の前で見せている若い動物のようなしなやかさ。そのどれもがどうしようもなく密の心の深い場所を揺さぶってくる。
「じゃあまた明日。ありがとう」
電車から降り、発車した電車の窓越しに密に手を振って類はため息をついた。そして、何度も繰り返された『野尻はホモだから気を付けろ』という時のクラスメイトの声色や表情を思い出し、それを振り払うように上を向いて深呼吸した。
聞きたくないそのセリフを密が口にしていないのがただ一つの救いだった。
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