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第16話
何気なく見上げた理科棟で、カーテンが開いている部屋があった。地学準備室だった。
丸見えだな、と思いながら目を逸らして歩き出す。
丁度そのタイミングで窓の奥の扉が開いて、一人の生徒が入ってきたのが見えた。
目の端でとらえた茶色い扉の開閉と、その前に立った白いシャツのコントラストが注意を引いた。
再び視線を上に移すと そこにいた生徒の顔が見えて密は驚いた。
一人で扉の前に立っていたのは類だった。
――どうして?また呼びだされたのか?
転入生だから試験結果や単位の話かもしれない。何にせよ今いる場所から見上げるしかなかった。
胸がざわざわして、そのまま部屋を凝視していると、類は部屋の真ん中に立ち尽くし下を向いていた。震えているように見えるのは気のせいだろうか。
野尻の机はカーテンに隠れてよく見えない。
暫くして、入口に向かって野尻が歩いてゆき、開いていた扉を閉めてから類に近づくのが見えた。
類は身体中に緊張を走らせて身を縮めていた。遠く離れた密から見ていても分かる程その光景は異様だった。
野尻が近づき何か話しかけ、類が大きく頭を振る。痛々しい程振り続けて、今にも倒れそうだった。
そのとき野尻が動いた。類の手を取り、既に怯えている身体を引き寄せると、二人の身体はカーテンの陰に隠れて見えなくなった。
驚くほど強い怒りが突然湧き上がり、密は思わずペットボトルを地面に投げつけた。
たたきつけられたボトルは地面で不規則に跳ねて水をまき散らしてゆく。
身体を駆け抜ける暴力的な衝動に突き動かされるまま、密は理科棟に向かって走った。
通りがかった他の生徒が驚いて転がったボトルを見ているのも目に入らなかった。
様々な楽器の音が混ざる中、靴を履いたまま3階まで階段を駆け上ってゆく。
階段を上がったすぐ左が地学準備室だ。
ノックする代わりに拳で強く扉を殴りつけた。ドンッという鈍い音で入ることを知らせて勢いよく扉を開けた。
部屋の真ん中で固まっていた二人が、突然の侵入者に扉の方を振り向く。
野尻が、青い顔で床に座り込んだ類の腕を掴んで引っ張り上げようとしていた。
「類!」
密の声に正気に戻った野尻が、慌てふためいて言った。
「有本!ノックもせずに開けるな!」
「叩いただろ!」
相手が教師であることも忘れて密は怒鳴り返した。真っ赤になっている野尻を無視し、ただ表情をなくして蒼白な顔で目を見開いている類を見た。
足元の類に視線を戻した野尻が、掴んでいた腕を乱暴に揺すってから手を放し、気まずい沈黙を否定するように大声を上げた。
「おいっ!佐藤、体調悪いなら保健室に行け。有本、連れていけ!ああっ、もう何なんだよ、どいつもこいつも!
くそっ!お前、土足で上がってくるとは何事だ!」
はっと気づいた密は靴を脱いで手に持ち、類の方に歩いて行った。
「だ、いじょうぶ?」
何が大丈夫なのか、聞いている本人にもよく分からなかった。でも密の声に反応してぼんやりとした瞳が焦点を結んでゆき、状況を理解した類は視線を落とした。
うっすらと開いた口からは、何も言葉は出なかった。
「立てるか?大丈夫?」
何を言えばいいのか分からないのは密も同じだった。
そして、同じ事しか聞けない自分がもどかしかった。
類はゆっくりと立ち上がり、扉に向かって覚束ない足取りで歩き始めた。数歩進んだ所で膝が崩れて転びそうになったのを密は慌てて空いている方の手で支えた。そのまま二人は、背中を向けている野尻を置いて準備室を出た。
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