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第23話
ぽかんと口を開けて前を見る密に類が片手を上げた。
Tシャツにカーゴパンツというごく普通の私服。袖からのぞく類の腕は、記憶よりも筋肉質で密はドキッとした。
休日に私服。そのせいか類が別人のように見えて、前と同じように呼び捨てでタメ口をきいていいのか躊躇った。
――夏休み前は同級生だったのに、知らない人みたいだ。
「暑いな、元気?」
密がどうにか言葉を絞り出すと、類は少し首を傾げて、ああ、というように笑顔で答えた。
「うん、密は元気?今日も暑いね、行こうか」
類の声で呼ばれた自分の名前に、身体の奥で静かに火が灯る。
促すようにゆっくりと歩き出す類の横に並んでついて行った。
「休んでるのに、押しかけてごめん」
今更な事を言う密の目に入ったのは、少し固いけれど笑顔だった。茶色い目が柔らかく弧を描いていた。
「ん?大丈夫、来てくれて嬉しいよ」
社交辞令かもしれない。そう思いつつも、嬉しいと言ってくれたことが不安だった密の気持ちを和らげてくれた。
駅から類の住むマンションまでの十分程、二人は殆ど会話もなく歩いて行く。
着いたのは、管理人常駐のセキュリティの厳しそうな建物だった。
「どうぞ」
「おじゃまします」
言葉少ない類について部屋に上がる。
――あれ?
扉を開けた時に微かに感じた違和感。
広い玄関から続く、きれいに掃除された廊下。右手には開けっ放しのドアの向こうに居間が見える。
一つ一つの家具は丁寧に選ばれているけれど、この家には極端に物が少なく生活感が殆どない。
奥にある類の部屋も、ベッドと机と小さな本棚があるだけだった。
何だろう、ホテルで暮らしているみたいだ。そう考えながら視線を泳がす密に、類が言い訳めいた説明をする。
「三月に引っ越してきたばかりだし、どうせまた出ていくから」
「え?」
突然の話に驚く密を座るように促した類が、受け取った袋の中のケーキを覗いて微笑んだ。
「おいしそう、お茶持ってくるよ」
「お茶も、買ってきた」
分けて持っていたコンビニの袋の中からペットボトルのお茶を取り出して一本手渡す。
「ありがとう。フォークを…」
「フォークもコンビニで貰ってきた。プラスチックだけど」
「じゃあ手をあらってくる…」
「お手拭きも貰ってきた」
さすがにウエットティッシュは持ってなかったけれど、口角を上げた密の表情に冗談だと気づいた類がクスクス笑い出した。
「何その準備の良さ」
そう言って立ち上がり、ちょっと待っててと言い残して部屋を出ていった。
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