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第24話

 部屋に一人残された密は、さっき聞いたことを反芻していた。  三年の新学期から転入して一年で引越し。  進学で一人暮らしを始めるのなら分かるけど家族で?あんなに学校を休んでいるのに?  まとまらない考えが頭の中をぐるぐると巡る。  ふと目をやった本棚には、教科書と並んでカバーの掛かった重たそうな単行本が何冊もあった。  何気なく一冊出して開いてみると、難しそうな単語と心理学の文字。  見てはいけないものを見てしまった気がして急いで本を閉じて元の場所に戻した途端扉が開いた。  肩がびくっとしたのを見た類が、あ、という表情を一瞬浮かべた。 「そんなところにエロ本は隠さないよ」 「はっ?いや、そんなんじゃなくって…、図書室や図書館によくいるからどんな本読んでるのかって…思って」  焦って真っ赤になり必死で弁解する密に微笑みながら、類は持ってきた皿にケーキをのせてフォークを添えた。 「食べよう!お腹空いてたんだ。あ、お持たせですが…」 「ああ、うん」  誤魔化されたような気もする。  でも、すぐ前で胡坐をかいてケーキを食べている類を見ると背中が擽ったくてたまらなくなり、見舞いのつもりで来たことも忘れていた。  意外にも豪快にコンビニのケーキをフォークで切り取って口に運んでいる様子は、密の知っている同級生の類だった。  最後の一口を食べた後、類が口の端に付いたクリームを右手の親指で拭った。指先を唇で軽く挟んでクリームを舐め取る。  ふとその動きを見ていた密の視線に気付き、類は気恥ずかしそうに笑った。 「変なとこ見んな、ちょっとごめん…」  片手を床について自分の方に近づいてくる。その仕草に思わずはっとした。密の方に伸びて来た手が身体の側を通って、背後に置いてあるティッシュペーパーの箱を掴んだ。  音楽の時間に何度も盗み見していた横顔には、伸びかけたサイドの髪が掛かっている。 髪の隙間に見える茶色い瞳が、一瞬密を見て戸惑ったようにすぐに逸らされた。  縮まった距離が二人の鼓動を加速させる。  微かに開いた唇から漏れた甘いため息が密の耳に届く。 ――その腕を掴んだら、驚くだろうな。抱き寄せたら、怒るのかな。それから…  でもその先はうまく想像はできなかった。  衝動だけがある。気づいてしまえば、身体は簡単に感情に支配されてゆく。  体温を上昇させるその感覚を頭では否定したけれど、一度芽生えた気持ちは簡単におさまるものではない。

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