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第26話

「どうしたの?何か…あった?」 耳触りの良い声が頭の中に染み込んできて、気持ちが沸点を超えそうになる。 その時、心配をした類が密の手の甲に触れた。 突然のことに密は焦って、思わず手を跳ね除けた。そんなつもりはなかったのに、乾いた音がするほど力が入っていた。 二人の間に緊張が走る。 自分の気持ちを見透かされた気がして焦っている密の表情は、怒っているようにすら見えた。野尻を罵って憎々し気に吐き出された言葉を思い出した類は、思わず後ずさって両手を握りしめた。 「…ごめん、気分が悪いのかと思って…」 青い顔、震えた声。 密は自分がした事の意味に気が付いた。 ――誤解だ、類に触れられた事が嫌だったわけじゃない。 「ちがっ、あの、そうじゃなくて…」 そうじゃない。でも、何と言えばそれを伝えられるのか。 ――類はゲイなのか?違う、それも問題だけど、一番は、俺は男が好きなのか、ということだ? 類に対する『好き』は友達への執着の延長線上にあるのか、全く違う種類のものなのか、よく分からなかった。 恋愛感情ならば、気持ちを伝えて、触れて、心も体も独占したい。相手が女の子なら簡単なことだ。 でも、すぐ傍で密の心の歯車を狂わせているのは、佐藤類と言う男のクラスメイトだった。 相手にとっての自分が単なる男友達だったら二度と近づくことはできなくなる。 ぐずぐずと言葉を探していた密に、類が先に謝った。 「驚かせてごめん」 目を逸らせてそう言った顔が強張っている。怒っているのか怯えているのか、微かに震えている肩。 密は、罪悪感に苛まれて俯いた。 ちゃんと考えて伝えたいのに、気持ちばかりが先走る。そして、肝心の自分の気持ちは沸き立つばかりで形にも、言葉にもならなかった。 「もう、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」 追い打ちをかけるように、押し殺した声で類が言った。 密は、一方的に突き放された様な気がして、自分勝手だと分かっていても、苛立ちを隠せなかった。 「ん…じゃ帰る」 眉根を寄せて唇を結んだまま、短くそう言って立ち上がった。 背も高く立派な体躯の密に気圧されて、類は気持ちを押し殺すように黙って視線を横を向けていた。 扉の脇に立つ類を見ているだけで、密はじわりと体温が上がる感覚を覚えた。教室で抱きしめた時に感じた、温室のようなむせかえる温度と湿度。 類から目を離せなかった。 じっと見つめられていることに気付き、類は逸らせていた視線を密に向けた。 透明な水をたたえた類の茶色い瞳は揺れることなく、密の強い眼差しをまっすぐに受け止める。 お互いに身じろぎできない。

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