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第28話

――密はどこまで知っているのだろう。過去に自分について、誰に何を聞いたのだろう。そして、男同士の恋愛がどういう事になるのかを。  あの日、知らない男たちに犯された悪夢のような時間の記憶は曖昧で、思い出そうとするだけで思考が停止してしまう。恐怖がすべてを上書きして、何をされたか自分ではよく覚えてなかった。警察の聴取で説明された内容は、まるで誰かが作り上げた出来の悪い物語のようだった。  ぼんやりとそんな事を考えながら答えていた。 「怖くない訳じゃないけど、密のことは平気みたいだ。どうしてだろ」  大きな目をさらに見開いた密がくしゃっと表情を崩して、顔を近づけた。  あ、と類が身構える間もなく唇が触れた。厚ぼったい唇から、温かさが伝わる。 「ああ、嬉しすぎて頭がおかしくなりそう!なんで男なのに好きなったんだろ」  お互いにそれ以上何を言えばいいのか分からずに視線を交わす。それだけで空気はむせ返るように濃くなり、甘やかな空間に閉じ込められてる。  密が大きな目を少し細めたのをきっかけに、二人の顔が近づいて再び唇が重なった。  無防備に喉を反らせる類の頭を右手で支えながら、唇をゆるく食んでゆく。  別々の人間だから身体が混ざり合う事はないと分かっていながら、溶け合おうとするかのように二人は強く抱き寄せ合った。お互いの気持ちが滴り落ちるように身体の奥深くに流れこんでゆく。  顔の角度を僅かに変えれば、唾液の溢れる濡れた粘膜同士が熱く触れあう。  密の右手が類の髪を何度も何度も撫でてゆくと、重なった柔らかい唇が遠慮がちに動いた。 「っは、ぁ…」  短く息継ぎをする為に開いた隙間を密の舌がこじ開けていった。緊張で乾いた喉を潤すように、求めても口に出せなかった飢えを埋め合わせるように貪りはじめる。  口付けで伝染した熱は波紋のように身体中に広がってゆく。お互いを|愛《いつく》しむ舌。相手を求める気持ちが導火線となり、下半身が重く痺れる。  類の脇腹を撫でていた左手が、腰から下におりて行った。密の掌が無意識に、女の子にしてきた様に、ズボン越しに締まったお尻の膨らみを撫でかけた途端、類が身体をこわばらせた。  頭を左右に振り、両手で密の胸を押した。  密が手を止めてゆっくりと唇を離すと、類は息を詰めて目を固く閉じたまま密の肩に額を預けた。  胸にたまっていた息を吐き出すのが聞こえる。 ――そうだった、類は怖い目にあったと言っていた。  息を吐いて両腕で類の肩を抱き、背中を軽く撫でながら強張った身体から力が抜けるのを待った。  女の子みたいに扱ってごめん、と言う言葉は飲みこんで 「類が好きだ」 とだけ呟いた。

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