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第32話

 一度触れる事を覚えれば、後はもうなし崩しだった。  高校生で、身も心もお互いに踏み込んで独占したいのに、類の過去も、これからの事も聞きずらい空気は相変わらず。それも手伝って受験勉強の合間にどうにか会えた時は、些末な話題を繋げて話しながら、たやすく距離を詰めて流されていった。  遠慮がちだった密の手や唇は類の服の下に入り込むようになり、身体のいろいろな箇所に直接触れ、時には痕を付けていた。それは、言葉にしきれない気持ちを遠回しに伝えているようですらあった。  同じように類も、密のベルトに手を掛ける事を躊躇わなくなっていた。  ただ密が類の下半身に伸ばす手はいつも優しく慎重だった。少しでも類が怯えれば腰から背中を辿って肩甲骨を包み込むように抱きしめるのが常だった。 ――拒絶だけはされなくない。そんな状況にしたくない。  過去に何があったのかは分からなくても、半年足らずの間類が他人との間に作っていた冷たい膜を少しずつ外していることに密は気づいていた。それが嬉しくもあり、また微かに自尊心を擽った。  だから、類が野尻に対して逃げる事すらできずに座り込んでいたのを思い出すと、なにも無理強いしたくなかった。  それでも、時折どうしても逆らえない衝動にのまれそうになる事もある。 ****  その週の土曜日も、いつも通り図書館での勉強を早めに切り上げて類の部屋に来ていた。 定位置になってきたサイドテーブルの脇で、ベッドを背に横並びに床に座る。  先日、模試の結果が返ってきた。道を歩きながら教えてもらった類の英語の点数に驚きながら、どうすればそんな点が取れるのかと密は相談していた。  英語は苦手ではない。けれど、理系科目が得意な密は、ついそちらを優先してしまうせいで点数が伸び悩んでいた。 「長文読解はいつも間違えるんだよな。問いも選択肢も、そんな事どこに書いてある?ってくらい長いし、質問もひねくれてるだろ」 「うーん、問いは読むけど、選択肢も全部読んでるの?」 「読んでたら時間内に終わらねーし」 「はは、確かに。そうだな…」  ほぼ満点だったという類が、視線を外して首を傾げ、少し考えている。意外としっかりした顎のラインに繊細な輪郭、柔らかく結んだ唇。顎に添えられた手の指の骨っぽさ。その造形が好きだ。  輪郭を目で辿りながら、ぼんやり眺めていた。  年明けには受験があり、合格すれば大学生になる。そんな未来は曖昧すぎて、脳内に結ぶイメージといえば、そこら中に溢れるパンフレットやドラマの中の映像ばかりで、自分がその内にいる実感はわかない。  見通しのきかない今が不安で、確かなものに触れたかった。 「…知ってるかもしれないけど、キーワードをさ」  話し始めた類の手を、密が掴んだ。  え。と視線を動かすと密がじっと見つめていた。 「何?」  視線の強さに少したじろぎながらも、類の心拍数は上がる。 「何でもない。キーワードを、の続きは?」  手にじわりと汗をかく感覚。喉が渇いてぐっと唾を飲みこみ、類は言葉を続けた。 「キーワードに関連する単語が、肯定か否定かを見ながら…っ!や、待って」  いつもは、様子を見ながらゆっくりと抱き寄せてくれる密が何も言わず覆いかぶさってきたせいで類は混乱した。

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