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第36話

「引っ越すって言ってたけど、類は志望校どこ?」  密の問いに顔を上げて視線を合わせたものの、類は答えを躊躇った。  全てをリセットするための、卒業後は海外の大学に進学することになっていた。あの事件があるまで、留学なんて考えたこともなかったのに。学校を休みがちだったのはそのための準備やテストを受けていたせいでもあった。そして、国外に行く事は誰も言わない約束になっていた。  不思議そうな顔で見つめてくる密から目を逸らす。 「海外…」 「は?え?アメリカ留学とか、そういうこと?」  突然で意外過ぎる答えに密は思わず声を上げた。待合室にいたスーツ姿の男が密の声に一瞬動きを止めたが、すぐに画面の上に指を滑らして自分の世界に戻っていった。  類は質問に答えなかった。  気まずい空気が流れる。顔を見なくたって密が不機嫌になったことは分かる。沈黙に耐え切れなくなり、類は脚の上あった手をゆっくりと動かし、二人の脚の間に所在なく置かれていた密の手に重ねた。  誤魔化すつもりはなかったけれど、密はそれを拒否するかのように類の手を払い、両手で額にかかる前髪をかき上げてそのまま頭の後ろで手を組んだ。  類は行き場のなくなった手を引っ込めて腿の上に戻した。自分が悪いわけではないし、せめてそれだけは分かってほしい。祈るような気持だったけれど、密には通じていなかった。 「俺達、何なんだろうな」  口から滑り出た独りごとのような質問。深く息を吐き視線を地面に落とした密自身も、その言葉を口にした事を後悔しているように見えた。  『何なんだろう』ってそんな事、人が決める事でも言われることでもない。自分で決めるしかない。  組んでいる類の手に力が入る。子どもっぽい反応にどう返そうかと迷っていると、ようやく聞こえる位の小声で密が続けた。 「俺、男で、類も男だから、なんて言っていいか分からないけど、どうしてもっと前に教えてくれなかった?」  密がどんなに自分の中を探しても、気持ちを表す言葉が見つからなかった。  男だからなのだろうか?相手が女だったらもっと違う言い方をしていたのだろうか。付き合ってるのかどうかだってはっきりしていたかもしれない。  定義できない関係、先の見えない不安。 ――類が女だったらこんな気分にもなっていなかったはずだった。  そんな、今更なことを考えている自分に腹が立った。

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