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第37話
電車に乗った後も二人は終始無言だった。結局話がかみ合わないまま黙って並んで座り、いつもと変わりない窓の外の景色を見ている。
類はゆっくりと考えていた。
一年に満たない期間見ていた個性のない都会の町並みは、密が隣に座るようになってからは意味のあるものになっていたのに、今はまた知らない町みたいだ。
どこに行っても拒絶される。でも、そうやって諦めたりがっかりすることはもう止めた。
降車駅に着く直前、類が立ち上がり、振り向いた。珍しく険しい表情で、ゆっくりと、しかしはっきりと、唇を動かした。
「明日…、学校が終わった後時間ある?」
突然の事で、驚いて見上げる密の返事を待たずに続けた。
「うちに来て、待ってるから」
有無を言わせない雰囲気に、密は戸惑いながら頷いた。そのまま降りていった類の背中を見送りながら、言われた言葉の意味を反芻していた。
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翌日、ホームルームが終わると同時に類は教室を出た。密は『少ししたら来て』と言う類からのメッセージを受けとり、出来るだけゆっくりと歩いて駅に向かった。
でも待合室にも、プラットホームにも類はいなかった。
「何でいないんだ、意味が分かんねえよ…」
――直接家に来いってことか?
うっすらとした期待と、それを裏切られたらどうしようという不安が入り混じる。
駅から徒歩十分。以前のように突然類の親にあった時の言い訳を考えながら、マンションのエントランスで部屋番号を押した。
呼び出しの後、解錠音と共に類の声が短く応える。
「どうぞ」
シャワーを浴びたのか、扉を開けた類の髪が仄かに香る。普段着に着替えた類は、どこか緊張した雰囲気を纏っていた。
ほんの十数歩の廊下を、手を繋いで歩いて行く。震える指先を握っていると愛しくてたまらなくなってくる。その気持ちに嘘はなかった。
久しぶりに上がった部屋で、ベッドに凭れかかりながら床に座った密の横に、類が同じように座った。
「最初に謝っておくね。僕は密の事が、好き…だけど、話せないことがある。今も、多分これからも」
何かあることは最初から予想していた。堀田の噂話も含め、類の挙動はその内容を想像して余りあるものだった。
「俺も、自分勝手なこと言ってごめん。よく分かんないけど、卒業した後も…会えると思ってたから、海外って言われて驚いた」
類は渡航してから半年間語学学校に行った後、現地の大学に入って卒業まで過ごす予定だった。行き先も、期間も誰にも言わない。そうやって、完全とは言えなくてもクモの糸のように絡みつく他人の好奇心を断ち切ってゆくはずだった。
でもそれは、海外に行くことを密に告げた時点ですでに狂い始めていた。
類本人も、自分のことを一番に考えて、労力とお金を厭わずに新しい生活への道を考えてくれた親に、感情に任せて日本に残りたいと主張するべきなのか迷っていた。
きれいに掃除されて塵一つない床の上で並んで座りながら、ためらっていた類の手が動いた。前を向いたまま隣にいる密の手を掴み指を絡める。その頼りない手を、密は意思を持って握り返した。
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