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第38話
身体の向きを変えると、それを待っていたかのように自然に目が合う。どちらからともなく顔を近づけてキスをした。
直ぐに唇は開き、誘惑に抗えない舌がその隙間を縫って絡んでゆく。
この町で、この高校で知り合った人とはもう二度と合わない筈だったけれど、類は揺れていた。
戸惑いながらも真直ぐに自分と向き合ってくれる密が愛おしくてたまらなかった。ようやく手に入れた、安心できる相手を、心底手放したくなかった。
空いている方の手で密の髪に指どおし、類の方から口づけを深くしてゆく。
口蓋の裏をなぞる舌先の感触に震えながらうっすらと目を開き、キスに夢中になっている密のくっきりとした眉毛、しっかりと閉じられた瞼を縁取る意外と長い睫毛を脳裏に焼き付けた。
久しぶりの感覚を取り戻すようなゆったりとしたキスの後、唇を離して言った。
「密、もうすぐ受験だろ?僕は年が明けたら引っ越しの準備して、卒業前に出てゆくから…、しばらく会えなくなる」
突然のお預けをくらった犬のような表情で類を見詰めながら密は聞いた。
「どこに行くの?」
今度こそ教えてもらえるはずだ。そう思って訊ねたのに、類は目を伏せた。
「今は言えない、でも……」
「は?待って、行き先も言わず引越?もう俺と会わないってこと?」
柔らかく唇が睦みあった後にそんな言葉を聞かされて、密は裏切られた気分になった。
勢いの付いた言葉は止まらずに、思わず声を荒げていた。
「…あと少しで別れるから、後腐れなくやりたいってこと?」
思ってもみなかった言葉と強い語気に不安で心拍数が上がるのを、類は理性で押しとどめようとした。大丈夫だと分かっていても、大きな声で話をされるとまだ恐怖感が心を支配し始める。
思いがけずキツくなっていた口調に類の表情が固まったのを、興奮した密は見逃していた。
「そんなこと言うつもりで今日来いって言ったのかよ!」
「ちがっ、そうじゃない」
そうじゃないけど、そうだ。忘れたくないし忘れられたくない。そして、もしも密とそれ ができれば何かが変わるんじゃないかと、とバカみたいな期待をして呼んだだけだ。
なのに…
「じゃあ何なんだよ!もうこれで終わりとか、卒業したらどっか知らない所に行くとか、俺は嫌なんだよ!」
答えが貰えないことに苛立ちを募らせ、怒りに任せて声を荒げる密を見て、類は身を竦 めた。
「何とか言えよ!類…」
唇を震わせて泣きそうになっていたのは密の方だった。
部屋の空気が痛い程張り詰めて、密の苛立ちが伝わってくる。緊張で呼吸は荒く早くなり、類の体を苦しくさせてゆく。
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