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第39話

 近づこうとしても拒絶されるもどかしさなら、類もよく分かっていた。期待して一人で諦めなければならない悲しさだって。ずっとそんな事を繰り返してきた。  だから、身体こそ自分よりずっと成長しているけれど、まだ子供っぽさの残る目の前の男が自分を繋ぎとめようとしている拙いやり方が、恐怖にのまれそうになる心を押しとどめてくれた。  記憶と感情にのまれてパニックを起こしそうな気持を抑えるために固く握りしめていた拳を開いて、深呼吸し肩の力を意図的に抜く。類は震える手を伸ばした。 ――怖くない、大丈夫だ。  怒っている相手に近づくことが、これまでどれほど怖かったか。でもここにいるのは密だ。子供みたいに駄々をこねている、年下の同級生だ。  そう自分に言い聞かせながら抱き寄せた。  広い肩と形の良い頭をしっかりと腕の中に収めて、呼吸を落ち着かせる。  自分を抱きしめている手が微かに震えている事にようやく気が付いた密は、もぞもぞと動いて類の背中に腕を回した。  お互いの身体を感じあうと、気持ちがほどけてどちらからともなく脱力する。もたれ合うようにバランスを取っていた二人の身体がゆっくりと傾いて行く。  類に押された密が、背中から床に倒れていった。  体重を掛けないように肘をついて身体を支えながら自分に覆いかぶさっている類を、密は仰向けになって見上げていた。  いつも守らなきゃと勝手に思っている相手にこうして押し倒されているのは不思議な感じがした。  類の手が密の頬をそっと撫でる。  さっきまで震えていた掌が、今は体温を通して何かを伝えようとしていた。聞こえない声に耳を澄ませ、密は自分を見下ろす類の顔を眺めた。  どれだけ見ても飽きる事のない茶色い瞳は密だけを見ている。    どのくらい経ったのだろう、類がふっと微笑んだ。微笑んでいるのに、その目は泣きそうだった。  僅かに開いた唇からこぼれ出たのは密の名前だった。 「密、ひそか…」  その声に心臓を掴まれた。    何か言いたげな表情に気を取られていると、密の顔に触れていた手が何度も何度も髪を(くしけず)る。 まだ言葉にすらなっていない気持ちが、そのまま指先から溶け出せばいいのに。  顔が近づいてきたけれど、キスをする事もなく素通りして、耳元に類の頬が当たる。期待して待っていた唇が取り残された。顔の脇に沈んだ横顔を目の端でとらえていた密の耳に柔らかいものが当たり、ドキッとした。その後、囁くような類の声。 「ここを離れたら、僕はもう戻って来ないから、…お願い、憶えていて。…会いに来て」  図々しい願いだ。それは類自身もわかっていた。  誰かに愛されたい。過去でも、未来でもなく、今ここで自分が誰かを好きになったり、誰かに愛されてもいいのだと肯定されたかったし、したかった。  身体も、心も、全部まとめて。  それはごく(ささ)やかで当たり前の願いのはずだ。なのに、どうしてこんなに思い通りいかないんだろう。  もどかしさを飲みこんで類は密の耳に口付けを繰り返した。  これで最後にはしたくない、でも、最後なのかもしれない。相反する気持ちがせめぎ合い、類を急き立てた。  耳を食まれる感覚に息を詰めた密が、顔を捩じって類の唇を塞いだ。性急なキスに応えながら、類は密の手を取って興奮を兆している下腹部に導いた。  一瞬ためらったあと、大きな掌がゆっくりと愛しむようにそこを撫でてゆく。その手の中で固く勃ち上がってゆく。

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