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【1】-3
男の背中を追って部屋に入る。そこで晴は、奥に鎮座する大きなベッドにかすかな困惑を覚えた。面接に寝室を使うとは考えていなかったからだ。
ハウスキーパーに採用されれば、当然この部屋の掃除も任されるのだろうが、初対面の人間を通すのに、寝室ははたして適した空間なのだろうか……。
疑問を覚えつつも、実際はこういうものなのかもしれないと、世間知らずな自分に言い聞かせる。
緊張のせいだろうか、さっきから心臓がドキドキとうるさい。
広い室内には、豪奢だけれど落ち着いた印象の家具がゆったりと配置されていた。
彫刻を施したクラシカルなキングサイズのベッドは、天蓋こそかかっていないものの高い柱が付属していてまさに王様の寝床のようだ。マホガニーの書き物机にはガレのランプ、ブルボーズレッグを備えたルネサンス様式のティーテーブルにゴシック調のカウチソファ。おそらくどれも本物だ。十六世紀から十八世紀くらいの古い家具 だ。
入って左奥の扉が開いていて、タイルの床と猫足のバスタブを備えた鏡張りの浴室が見えた。
広い家だから掃除は大変そうだけれど、家そのものも家具もなんて美しいのだろう。それに、主であるこの男性も……。
浮き立つ心を抑えて男を見上げる。かすかな笑みを浮かべた彼が、晴の肩に手を置いた。心臓が小さく跳ねる。
「どうした? すぐに始めるなら、さっさと服を脱がないか」
「……え?」
「自分から希望して、ここに来たんだろう?」
「あ、はい。あの、でも……」
再び戸惑う晴に、男は笑った。
「だったら、さっさと済ませてしまえ。そこに立っていても何も始まらない。それとも俺が脱がせたほうがいいのか?」
服を脱がせてもらう?
どういうことだろう……。
意味がわからなかったが、晴は言われるままに自分の服を脱ぎ始めた。健康診断とか身体検査みたいなものかもしれない。家の中に他人を入れるのだから、そういうことも必要なのだ……。たぶん。
(でも……)
なんだか変な気がする。
世の中を知らないなりに、一応そんなことは考えたのだ。
それでも、これも面接の一環なのだと自分に言い聞かせ、ともかくてきぱき服を脱いだ。そんな晴に、どういうわけか男は唖然とした顔を見せた。
「ずいぶん……、なんというか、威勢のいい脱ぎ方だな」
「そうですか……?」
しかし、命じたのはこの男だ。そして上半身が裸になると、男は微笑とともに呟いた。
「美しいな……」
晴はまた戸惑う。かすかに眉を寄せ、視線を迷わせた。筋肉らしい筋肉もない白く細い身体には、男子としてかすかなコンプレックスを感じている。よもや人から褒められることなどあるとは思わなかった。
沈黙が流れたので、チラリと上目で男を伺い見た。促すように小さく頷かれ、まだ終わりではないのだと理解した。
下半身を包んでいたベージュのチノパンも床に落とし、ボックスショーツ一枚になって男の前に立つ。満足そうな笑みが返され、ひどく胸が騒ぎ始めた。頬が熱くなる。
ふいに、男が眉を寄せた。
「いつからこの仕事を?」
晴は視線を上げ、首を傾げた。
いつからハウスキーパーをできるのか、という意味だろうか。だとしたら、早いほうがいい。急がなければならない事情が、晴にはあるのだ。
「あの、できれば、すぐにでも……」
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