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第2話

村の中央通り、築10年の元染物屋の家屋をアグラディアは運送事務所兼住居として借り上げていた。 表向きは運送業中心の何でも屋。 その実、呪術師につけられたお目付け役である。 面倒なしがらみも承知の上、なんやかんやで呪術師との付き合いも長い。 しかし、ここまで感情的になった呪術師が突然事務所へ飛び込んでくるなんてことはこの村に来るまでは無かったことだ。 内心で『面白くなってきたなあ』とほくそ笑みながら茶の支度をする。 「そんで?喧嘩して帰りづらくなったんだぁ?」 不機嫌そうに洗い髪を拭く呪術師にアグラディアが苦笑した。 「玄関開けたら魔物の血と泥にまみれた師匠が立ってるんだもん、腰が抜けるかとおもっちゃったよ?」 「魔物は、森を散歩してたら襲われちまったんでさ。急に風呂を拝借してすまねえな」 「そりゃいいけども、散歩ついでに一体どれだけの魔物をに八つ当たりしてきたのよ……」 ちらっと玄関脇に積んである魔物由来の牙やら魔石やらを見るアグラディア。魔術師が「土産だ」と投げよこしたものだが、よく見れば警備員ならあえて見逃すようなレア物もいくつか混じっている。魔法資材は換金性も高く、もらえるならいくらあっても困らないが、この分では周辺の森はしばらくは静かだろう。村の警備員あたりが首をかしげるのが脳裏に浮かんだ。 魔熊すら逃げ出すほどに殺気を振りまいてイラつく呪術師が、風呂から上がって多少落ち着いた事を確かめてからティーポットに湯を注ぐ。 事情は呪術師の言葉の端々と態度で察した。 「おっさんが師匠のトコに居るようになって結構経つよね。元々じっとしてるタイプでもなさそうだし、鬱憤たまるのもわかるなあ」 「例の淫魔だって捕まってねえのにそんな……」 不貞腐れる呪術師の前に焼き菓子の乗った菓子皿を並べながら、子供に言い聞かせる様にアグラディアが尋ねる。 「師匠、本当はわかってんでしょ?」 「っ……」 「どうせ魔力性フェロモンをコントロールできるようになって、自由になったとたんにおっさんが出ていっちゃうんじゃないか不安なんじゃな~い?」 紅茶を注ぎながら誂うアグラディアに、珍しく呪術師が怯んだ。 「……今日は随分と強気じゃねえかよ、アグ」 「そりゃあねえ、『あの』師匠が恋を覚えたての子供みたいな顔してる。突っつきたくもなるってぇ」 「ちっ……悪趣味なこった」 紅茶を酒のように煽る呪術師を微笑ましそうに見つめるアグラディア。菓子の包みを剥いて一口齧る。 「師匠は今の状況が変わって、おっさんが心変わりするのが怖いんだねぇ」 そこでようやく呪術師が小さい声で必死に反論した。 「違う。旦那が……!」 「うん?」 「旦那は自分が今どんな風に見えてるかわかってねえんだ……!」 「はあ」 「ムッチリしたおっぱいにきりっとした眉、タレ目がちな目は人懐こいし、基本的に人を信じちまう純粋さが笑顔に出てるし、意外と長い睫毛が色っぽいし、長い脚はつま先まで敏感で、肌を撫でればなめし革のようになめらかでいつまででも撫でていたくなるし!無防備にさらされたうなじはキスするなっていうのがムリなくらい美味そうだし、たとえ封印具で魔力由来のフェロモンが押さえられても、旦那自身のエロさは押さえられやしねぇ!あんなん今すぐ外に出せるかってんですよ!」  「……つまり?」 「エロい旦那が悪い!!」 どん、とテーブルを叩く。 かちゃっと揺れる食器をかばいながらアグラディアが心底馬鹿を見る目になる。 「ま、いいけどさぁ、そんなエロいおっさん一人お家に残してていいのん?」 ちらりと時計に目線を動かすアグラディア。 「恋人同士が喧嘩して、お家には可愛い子が一人きり……僕が間男狙うなら、今ごろ」 ガタン! 「馳走になりやした!」 慌ててローブをひっつかみ、ガチャンバタンとドアが閉まる。 椅子に腰掛けたままのアグラディアはカップに口をつけて、 「痴話喧嘩してるって自覚、ないんだろうなぁ、あの二人……」 微妙な顔で零した。

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