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第一章◇落ちこぼれ妖狐

 (一)    静かな夜だ。  時刻は丑三つ時。頭上では雲一つない夜空に饅頭(まんじゅう)の形をしたまん丸い月がぽっかりと浮かんでいるばかりだ。  薄闇が広がるその下で、男はひとり、のそり、のそり、とおぼつかない足取りで歩いていた。 「う~腹、へった~」  男は空腹を訴える腹を押さえ、まん丸い月を物欲しげに見つめながら、人ひとりとして通っていない細い裏路地を進む。  年の頃なら二十五歳前後。細身の身体に(まと)う着物は一体全体どうすればそこまで汚れてしまったのか。ところどころ裾が破れ、元は美しい白だっただろうに今ではそこらじゅうに泥を引っ被っている。  しかし小汚い服装ではあるものの男の表情には活気があり、破れた着物の裾から覗く肉体は程良く日に焼け、痩せすぎず太りすぎてもいない。見るからに健康的だ。けっして貧しい生活を送っているようには見えない。  彼の名は真尋(まひろ)。人間ではない。狐のあやかしだ。  実際年齢は三〇歳。人間で言うならば家庭を持っていてもおかしくない年齢であった。  しかしながら妖狐族はあやかしの中でも最も長寿な種族で、平均で五〇〇年も生きるとされている。そこから考えても、真尋は人間で言うところの生まれたばかりの赤子同然であった。  ぐる、ぐる、ぐるる。  また、真尋の腹が鳴った。 「腹、減った~」  腹の虫が二度目の空腹を訴える。  なぜ真尋が腹を空かせているかというと、彼は化けるのが苦手どころか、その妖力も十分に持ち得ていないからだ。  そもそも妖狐とは人間でいうところの仙人のようなもので、狐が何十年、何百年と長く生き続け、智慧と妖力を持ったあやかしだ。  通常の妖狐ならば尻尾は九つあるのだが、生憎、真尋の尻尾は生まれつき三つしか持っていない。

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