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 果たしてあれはあの男の持ち得る力なのか。  ――そういえば、昨夜はろくに礼も言っていなかった。  祖父には、『例え相手がどのような者であっても礼節はわきまえろ』と、毎日口癖のように聞かされていたものだ。  名も知らぬ花ではあるが、これを持参すれば少しは喜んでくれるだろうか。 『またおいで』  あの男はたしか、そう言っていた。  腹も減ったことだし、今夜も屋敷に出向いてやろうか。  そうして真尋は、辺りが十分暗くなるのを見計らい、(くだん)の人間の屋敷へと向かうことにしたのだった。  ――すっかり夜も更けた頃、真尋は昨夜通った人気のない道を行く。やがて大きな屋敷に着いた。  昨夜と同じようにして高い塀をするりと乗り越え庭に降り立つ。  真尋が広い庭を見渡せば、彼の男はやはり同じようにして月を見上げ、縁側に座していた。  ただ昨夜と違うのは、真尋は生い茂る植物に身を隠すことなく、彼の男の前に姿を現したということだ。  そして男もまた、真尋を見るなり口元に微笑を浮かべ、おいでおいでと屋敷の中に招き入れた。

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