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「いやいや、そうではないんだ。嬉しいよ。ありがとう」 「――むぅぅう。だったら素直にそう言えよなっ!」  真尋は花を抜き取るために止めてしまった手をふたたびおいなりさんと焼き鮭に戻すと、ふんっと鼻を鳴らした。 「俺の名は(つくも) 弓月(ゆづき)。白でも弓月でも好きに呼んでくれてかまわない」 「……俺は……」  男は自ら名乗った。  名とは、他の誰でもない、ただひとりの個人を示す何よりも大切な術で、下手をすれば相手の命をも奪いかねない呪術にさえもなり得る。  ことさら長寿の妖狐族にとっては命と同じくらい大切なものだった。  果たして男はそれを知らないのだろうか。  いやいや、無力な人間だからこそ浅はかなのかもしれない。

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