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【香り立つ墨は、遥かな思いをのせて】honolulu
〈 その日も、朝から五月晴れのうららかな日より。
山の中腹にある立派な長屋門を構えたお屋敷の中で若い男の声が響く。
「 面倒だなぁ、
この麝香の墨の匂い本当に嫌いだ!
外で遊びたい、そろそろ雉も卵を抱く頃だから、産みたての美味しいの食べたいし 」
そんな事を思いっきり呟くこの青年はコウという。
同居している叔父に小筆で写させられているのはこの家代々に伝わる呪術の初級者用教本らしい。
黒くなるまで磨かれた板の間にしばらく横たわっていたが、何を思ったか勢いよく起き上がり縁側から外に飛び出した。
おやおや、裸足じゃないか。
山の路を軽快に跳びながら走っていく様はまるで元気の良い子鹿のようだ。
淡く輝く薄茶の髪と乳を流したような濡れて美しい肌、その眼差しは果実の種のようにつぶらな瞳を輝かせる。
それなりの容姿を与えられた齢18になろうかという青年は叔父と二人でこの屋敷に住んでいる。
家の裏手の山を登ると、天からの光が雑木林で遮られた猫の額ほどの場所に がある。
その場所まで一気にやってきたコウは、すっと身を隠すように祠の後ろに忍び込んだ。祠の横路から少し降りたところに陽だまりがあり、背の高い竹が格子に渡され囲われたその場所には叔父の飼っている雉の寝ぐらがある。
コウの目的は叔父の目を盗んでその雉の卵を頂戴すること。何回叱られても仕置を受けてもやめられないコウの楽しみだった。
衣の袂を襷で巻くと、静かにその檻に近づく。
その時に雉の檻の中に金色に光る尾っぽが見えた。
狐!狐が卵を盗みにきてる。
咄嗟に土の上の石を両手で持ち、その獣の頭の側にそれを投げた。
三回目に投げた石が何かに当たる音がする。
ギャン!という悲鳴か響く。
あ、やっつけたと思ったコウが檻の中に寄ると、藁を敷いた雉の寝ぐらの裏には酷い血溜まりが溜まっていた。
「 狐どこいった?」
しばらくその辺りを探したがなんの跡も見つからず、騒いでいた雉も落ち着いた。
何か仄暗い気持ちに責められて卵を採ることも忘れて邸への道を戻るコウ。
祠の中からその後ろ姿を翡翠色の眼が見つめていた事は知らないだろう。そしてその祠は狐を祀る稲荷神社ということもコウが忘れていることだった。
本の写しの途中で逃げ出したコウを待っていてのは叔父のセン。
センは陰陽道の真似事をして見事に金儲けした祖父の跡を継いでこの山の麓で暮らしをしていた。この山は祖父曰く、神が降りる磐座のある山だということで、ここに居るだけで霊験が宿るということらしい。しかしセンは元から祖父と違い真面目な性格。確りと修行は怠らなかった。
コウは五年前、親に死に別れたった一人の親族だったセンを頼ってやってきた。
センはなんの躾もされてないが容姿だけは飛び抜けて優れているコウを可愛がり、二人だけの生活は少し性への嗜好も他人には言えない形を取っている。
夜な夜なコウの若い美しい肉体を愛でながら、しかしコウの躾と教育だけは手抜かりなく、今日もコウが逃げ出したことを厳しく仕置をするつもりである。
コウの途中で投げ出したのはちょうど呪詛で人を書物に閉じ込めるという箇所。
こんな中途半端な呪詛の箇所で筆を止めてと、思っているところにコウが青い顔をして帰ってきた。
「 おい、こんな途中で写しをほって、また雉のところにでも行っていたのか?」
「うん……」
と頷きながら様子のおかしいコウ。
その時コウの背後に翡翠色の煙が立ち登りいつのまにかコウを真綿で締めるように覆ってしまった。
もがき苦しむコウ。
慌てたセンは知っている呪文や問答を全て唱えたが、どれも全く効果はない。
「 コウコウ、今、助けるから!」
その間にもコウの身体はどんどん墨色の紐のようなものに変えられていく。
「 なんだ、これは、なんだ!」
センの悲鳴だけが辺りを支配する。とうとう最後の足の先が黒い線になって空に舞い上がり、稲妻と共にそれが板の間の文机の上に落ちてきた。
「え?」
あっという間に稲妻は文机に用意されていた写しのための紙にどんどんと貼り付いていく。
センが呆然とそれを眺めていると、小さくなった稲妻の中に翡翠色の瞳が見えた。
「 キツネヲアヤメタコヤツハ、
コノバンノウエニフウインシタ。
トワ二デルコトハデキナイカモシレヌ。
シヒャクネントキヲマテ」
カタカタと音がして墨の色の紐が張り付いた紙は誰の手にも寄らぬのに巻かれていった。
そして紐が確りと結ばれてそこには、
一文字が朱色で刻まれている。
誰も開けてはならぬという封印の文字。
陰
センは何日も寝ずにありとあらゆる呪法を用いてコウを巻紙から解放しようとしたが、その巻物は決して開くことはできなかった。
溺愛する家族を失い悲観にくれたコウはその巻物を納めるために蔵を作りそしてその蔵を400年後まで無事に繋げるために己の命をかけてできる限りの霊験を注ぎ込んだ。
それは、今から400年も前の紀伊半島のある山麓での話。
そして、この話には続きがある。
ー 現代 ー
「 なんだ、又、竜脳の墨をすってるの?」
「 あ、千住(センジュ)さん、いつ来たの?」
「 うん、少し前。
昂平(コウヘイ)は好きだねぇ、そんなに好き?この香りが 」
と、言いながら昂平にそっと頰を寄せる男は身長こそ高くすらっとしているが、たおやかな笑顔が似合う男にしてはもったいないほどの美貌を携えていた。
昂平の方も墨を置いて、いらっしゃいのキスをする。
まだ、青年というより少年の幼さを残した風貌は今時の若者らしくヘアスタイルなどは流行のマッシュショート。体格の方は最近急に男子高校生の骨格になってきたのを、千住は頼もしそうに見やりながら昂平の身体に身を預ける。
「 今日は泊まっていける?」
と聞く昂平に、
「 そうだな、今日俺がここに来た目的は知ってるでしょ?」
「 そうか、後ろの山の途中にある蔵の中を見に来たんだっけ 」
「 そうそう、あの蔵の中に何かありそうというのは殆ど勘でしかないんだけど、貴重な文献でもあったら、何日かはここにいるよ 」
と言いながら唇を寄せる千住に勢いよくそれを重ねる昂平。若い勢いは止まらずにそのまま千住を畳の上に押し倒すと、シャツを開き頤から喉仏にキスをしながら脇の下から身体の中央に這わした手をズボンのファスナーにかけるとためらいもなくそれを降ろす。
「 ダメだって、すぐ蔵を見にいくんだから 」
と笑いながらその手を抑える千住の顔を恨めしそうに眺めると、
「 俺も行くよ!」
とさっとその若草の香るような身体を千住の上から退けた。
この聞き分けの良さは天分のもので、昂平の家、丹生家は代々書道家を世に送り出す書家の世界では名門と言われる家。その育ちの良さが性格にも良く現れている。
その分家筋にあたる千住の家はそこはそこで、近畿地方では有名な古物商を営む家の息子。本人も大学院を卒業した後は研究室に残らずにその家業を継ぐ修行中の身だ。
古い時代の名残をしっかりと残したこの地に古くから本拠を置くこの家柄ゆえに、数多ある蔵なども開けたこともないのがいくつか遺っている。
それを千住が今熱心に調査しているところなのだが、今日は昂平の家にある山腹の普段人があまり訪れず少々寂れた神社の袂にある蔵を調査しに来たのだった。
二人で屋敷の裏側の山路を登って行くと、やがて、黄色の土壁の下地が露わになっている昔のままの蔵が見えた。蔵の前までやって来た二人。
「 あ、鍵は?」
「 ああ、伯父さんから預かって来た。多分これだろうと渡してくれたんだけど 」
鉄錆の浮いたどっしりと重い閂の鍵を袋から取り出すと、
もう何年も人が触ったこともない風情を見せつけ開けるなら開けてみろと言わんばかりの古い煤けた鍵穴に鍵を入れる。
案外に素直に回った鍵にホッと安堵した千住を手伝ってギイギイとなる蝶番を開けて行くと、中は思ったよりカビの臭いも積もったチリや埃の感触もしなかった。
「 以外と綺麗だな 」
「 うん、空気が流れてたのかな 」
準備してきた懐中電灯を灯して辺りを見回すと、ガランとした棚の上に巻物が置かれていた。
陽の差すはずもない蔵の中にピラミッドのように三角に重ねられた巻物。そこの一番天辺にだけなぜか光が差し込んでいる。
その光、どこからだろうと昂平が上を見上げると、何かが光っている。
「 え?」
千住が同じ方向見ると、
「 なんだろう綺麗な翡翠色のものが……玉虫か何かの羽を張った跡かな?」
「 玉虫?」
「 ああ昔は装飾に使ったんだが……蔵の天井にそんな装飾するかな? 」
と言いながらそれはひとまず置いておき、丁寧に手袋をはめた手で目の前の巻物を確かめる。
数分後、
「 ボロボロにはなってないな、今日はこれをとにかく持って出よう 」
持ってきたフェルトを敷き詰めた箱に
5巻あった巻物を丁寧に仕舞うと、
「 又、明日、蔵の奥は調べよう。
明日は脚立を持ってきてあの天井調べてみるかな 」
と、鍵をかけ直して蔵を後にした。
見かけはチャキチャキの現代っ子と思いきや、書道が好き、和室が好き、墨の匂いが好きな昂平は、
墨の中でも特に竜脳の香りが好きだ。
沢山ある和室の中でも陽当たりの良い離れの八畳間に敷物を敷いてその上に二人で巻物を並べる。
「 あんまり傷んでないね 」
丁寧に紙を傷めないよう最新の注意をしながら巻物を解いて行く。
最期に紐がなかなか解けない不思議な巻物がある。
なんとか硬く締まった紐を解こうとするけど、結んだコブの上に何か文字のようなものが薄く見えるのがわかった。
「 千住さん、これなんて書いてある?」
「 うーん薄くて読めないなぁ」
麝香の香りが仄かに匂ってくるような不思議な巻物。
「 夕飯の後もう一回解いてみようか 」
と尋ねる昂平に、千住は
いや明日何か考えるからと言う。
二人の居る離れの座敷に運ばせた夕飯を済ませ、いつもは昂平の部屋に敷いた布団の上で睦みあいねっとりと抱き合うのに、
珍しく酷く眠いと言いながら千住は驚く昂平を置いてさっさと隣の部屋の寝床についてしまった。
巻物から漂ってくる麝香の香り、それが気になる昴平は自分の寝床までその巻物を持ってきた。なぜか側に置いておきたい、なんでそんな気がするのかもわからない。
しかし異変はその夜に起こった。
夢に立つその情景は、
巻物から薫るほのかな邪な香りに導かれ、夜毎にまぐわうその化しものは、狐の尾と耳を持つ美しい化け物 。
うつらうつらとしている最中、その情景が昴平に見える。
それからしばらくして寝付いた昂平は、深夜を回った頃強い麝香の匂いでうつらうつらと意識が覚醒した。
下腹に感じる重さ、時々毛のようなものが太ももに触れるこそばゆさ、なによりも鮮烈なのは真っ裸の千住が自分のウエスト辺りに跨りその雄芯を昂平の乳首にねっとりと円を描くように擦り付けていることだった。
裸て抱き合いお互いを慰めることはしているが、こんな赤裸々に性器を露わにすることは千住の性格から考えられないことだった。
その時、喘ぎ声とともに千住の竿から白い花が垂れ流れた。
小刻みに震えながら逐情する千住の姿はなんとも卑猥で普段の姿からは想像もできない。
でもなんでどうしてこれは自慰なのか?
薄暗闇に目を凝らすともう一人千住の後ろに誰かいる。
狂うように震えて射精をダラダラと続ける千住の後ろに居るのは、
「誰だ?」
と声を上げると、
千住の身体を前にグイッと倒して上半身が露わになったのは、
やけに乳色の白い肌の男だった。
「 男だろう?男?なんだよこれ 」
呟く昂平の言葉は千住の喘ぎ声に消されるが、
それの耳には聞こえたらしい。
ピクンと震わせたその耳は人のものではなくピンと立った黄金色の獣の耳だった。
「 被り物?」
思わずそんな馬鹿な感想が口に出る。
その男はニヤリと笑うと、仰天するようなものが見えてきた。
後ろのお尻の辺りにユサユサと揺れている、さっきから昂平の太ももを叩いていたものは、豊かで黄金色の尻尾だった。
あまりの衝撃なことに声にならない悲鳴が座敷にこだまする。耳と頭がガンガンしてきた昂平は、
「 こいつ、バケモノ!」
と叫んだ。
顔と身体は人なのにこの耳と尾っぽはなんなんだ?
その時に初めて気がついた。俺たち3人とも丸裸で布団の上で重なり合っているんだ。
そのバケモノの格好をした男は千住の腰を掴むとガンガンと突きまくる。
突き上げられるたびに昂平の胸の上で踊る千住の細く尖った身体。
もう涙と涎がごっちゃになった目の前の千住の顔は自らが出す液で汚れきっているのに桃色に染まった頰と紅色の唇に彩られたその貌は猛烈に妖艶で美しかった。
昂平の雄芯もバケモノにしては美しい男が突き込むたびに、その睾丸と擦れてすっかり勃ち上がっている。
それに気がついた男が片手を昂平の股の間に潜り込ませその睾丸を揉みしだく。
喘ぎ声が重なる座敷はしとどに濡れた濃厚な匂いで溢れかえった。
「 逝く!逝く!」
と誰が叫んだのか、気をやった途端意識は白い花火の中に墜ちていった。
小鳥の鳴き声が聞こえてくる。いつもと同じ朝を迎えた筈なのに、
座敷の中は薄暗く、昨夜の蛮行を思い出すには十分な残り香が漂っていた。
全裸の千住と昂平が布団に重なり合って横たわる。
覚醒した目で周りを見回せば、布団の横少し離れた床の間近くに、えらく古風な装束を纏った男が座っていた。
その黄金色の耳と尾っぽを見た途端、昨晩のことを隅から隅まで思い出した昂平は胡座をかいてこちらを見ているそのバケモノ男を殴るために立ち上がった。
「 待て 」
誰の声だ?
その声に思わず足が止まる。
「待て 」
もう一度聞こえた声は正面のバケモノ男から発せられたようだった。
「 喋れるのか?」
思わず聞いた昂平に、
「 失礼だ、口はある。しばらくは使えなかったが 」
なんだろう?こいつ頭がおかしいのか?警察呼んだ方がいいかな。
スマフォを探す昂平に男が尋ねた。
「 お前は墨を使うのか?」
「 墨?」
あっと思って床の間を見ると、父親の書いた竜脳の香りの墨をしたためた掛け軸が掛かっていた。
その脇の文机にはその墨が箱に入れられている。父親の所蔵する墨は100年に近く寝かせて置いたとても高価な墨で、香りも竜脳の高貴な香りを纏っている。もちろんそれで書かれものは同じ高貴な香りがしたためられている。
墨のことをなぜこのバケモノ男が聞くのだろう?
「 この香りで、俺はここに出てくることができた 」
「 はぁ?」
「 うーん、、」
その時、背後で千住が起き上がった。
「 うそ!うそ!」
自分が全裸なことと、まっぱな昂平が座敷の真ん中に立ちつくしてのを見て二回連なった言葉は、その昂平の目の前に座ってる男を見てもう一回、
さらに大きい声で叫ばれた。
「 うっそー!
誰、これは誰だ?昂平、なんで俺たち真っ裸なの? 」
それからは、昨晩散々目の前のバケモノ男に蹂躙されよがった記憶を回復した千住が火のように怒りながら不貞腐れたのは当たり前のことだった。
千住はバックバージンで昂平のために今まで後ろは誰にも触られなかったのにと号泣したのを聞いたバケモノ男がバックバージンってなんだ?と聞いたので話はますますややこしくなった。
「 その装束といい、獣の耳と尾を持つ姿といい
一体お前は何者なんだ?」
と千住が聞くとそれは答えた。
「俺の名はコウ。 多分俺はその巻物から出てきたと思う 」
「 巻物?」
「 どういうことだ?」
「 それが俺にもさっぱりわからん、知らない間にその巻物の中の書に閉じ込められてしまったから 」
コウという男の話は実に不可解な雲をつかむような話だった。
遠い昔、コウの着ているものを見ても
確かにそれは江戸時代より前ではないかと思えるようなものだった。
雉の卵を狙った狐を殺めてしまい、その後のことは覚えてないと言う。
そして昨晩気がついたら狐の耳と尾っぽがついた自分がいた。その後のことは繰り返すもなく三人で良く分かっていることだった。
不思議な話だがなにぶんにも証拠もないし、もう一回その様な事を記した書物はないかと千住は蔵に入る。
今度はもっとしっかりとした照明を増やした。
脚立に立てた照明を点けると、黒いと思っていた蔵の中は暗い赤色に塗り込められていた。ところどころハゲではいるが見事なほどの丹の色に昔は染められていたのだろうと想像ができた。
「 丹生という俺たちの家名もその故かもしれないな」
と思わず独り言が出た千住は他の遺物はないかと丹念に調べを続ける。
一方、昂平はコウの記憶を掘り起こし拙い記憶の相手をしながら、座敷の巻物を調べている。
コウの狐の耳と尾っぽからして、封印から解き放たれた時に妖怪に変わってしまったのは確かだと思う。
妖怪になってしまったコウはヒトの時の記憶をかなり失っていた。
それでも、
「 これはどういう意味?」
「 うーん、確か センが唱える呪詛にこの文字が使われていると思う 」
コウがある程度字が読めるのでかなり助かる。
それにしてもセンというコウの叔父のコウへの想いはすごいものがある。読み進めるほどに、コウがお稲荷様の狐の化身を殺めその怒りをかい巻物に封印される。その後、修行を重ねたセンがなんとしてもコウを護るために呪詛呪文の限りを尽くしている姿。そのセンの書き留めた巻物から漂う強烈な想いに目がくらみそうになる。
「 コウ、お前凄い愛されていたんだな 」
「 うーん、愛されるってどういうことかわからないが、昨夜のようなことはしていたよ、気持ちよくなるのは好きだったな 」
その奔放さ丸出しの言い方に、
かなりセンという人はコウの躾には苦労したと昂平は会ったこともないセンに同情した。
五巻のうちコウが閉じ込められていた巻物以外の三巻はなんとか読み取れた。それはコウが閉じ込められてから稲荷の祠を神社に格上げしたところまでの経緯が書かれている。
巻物を守る為にこの世の中でも最高の麝香の香りを墨に練りこみ丹念に呪詛文字を綴った和紙で巻物は包まれている。
霊験を磨き封印を解く鍵を墨に込めた様子もそこには綴られていた。
やっぱりコウの封印を解くのは竜脳の香りを纏う墨だったのか。
センの呪詛には何度もその名前が出てくる。偶然にも昴平が使っていたのが竜脳の墨。
とっぷりと陽も暮れて、夕方の靄が山を覆う。
千住は一日がかりで蔵の中を探ったが、
蔵の中にはこれ以上何もないと落胆した。しかしふと稲荷神社にも蔵があることを思い出した。
蔵は宮司の祭祀のための建物の側に作られた校倉作りの立派な建物だった。
その中を探索するには丹生家本家でこの稲荷神社の宮司を兼ねている伯父の許可を得なくてはならない。
ひとまず神社の縁起を調べるという口実にして明日にでも鍵を借りてくることにした。
コウと昂平達のいる座敷に戻る。
「 なんか、収穫あった?」
「 そうだな、昨日の巻物以外は特別になさそうだから、明日は稲荷神社の方の蔵の中を見てみようと思ってる
昂平達の方は?どうだった?」
「 コウがセンさんの書いたものを読めるからかなり捗ったけど」
「 けど?」
その側でコウが大きな欠伸をしながら、
「 俺ちょっと寝るわ、久しぶりに頭を使ったら疲れた 」
「 そうだね、400年ぶりだもの 」
こんな日常的な会話が成り立つほどコウと昂平は近づいたんだ、少し嫌な気持ちになった千住は、
「 少しあっちで休んでろよ 」
と冷たくあしらう。
「 コウは朝も昼も食べなかったけどお腹は空かない?」
「 俺は腹はへんない 」
食事をしないのは妖怪だからか。
それでもコウを気遣う昂平にますます千住の機嫌が悪くなった。
コウが隣の部屋に行ってしまうと千住は先ほどの気になっている続きを促した。
「 捗ったと言ったけど、コウがああなってしまった理由は書いてあった?」
「 うん、一応、稲荷の祠の前で狐を殺してしまったらしい事は書いてあるし、コウも殺すつもりもなかったけど雉の卵を盗られそうだったから石を投げた、と言ってた。
その先に稲妻とか、黒い紐の記述があるんだけど、そこからはコウの記憶もなくって 」
「 コウの閉じ込められていた巻物には何か書いてあったの?」
「 そこには暗い朱色で陰が薄く読み取れたけど、ただコウからも薫る麝香の香りはその巻物だけきつく香ってる……その香りをつけた墨をセンという人が何か意図を持って使ったのだとしたら、コウが今ここで封印を解かれて、妖怪になっちゃったのと何か関係があるのかもしれない 」
「 そうか、実は蔵の中もその朱色、丹を使った塗り物で全て塗り込められてた。センという人がしたことかもしれない 」
母屋の方から夕飯だと迎えが来たので、ひとまず頭を休めてからと二人で渡り廊下を歩きながら、
「 そう言えば母屋の人たちはコウのこと?」
「 それがさ、見えないみたい。コウは暇だからって昼ご飯の時に母屋について来たんだけどね、お手伝いのおばさん、気がつかなかったんだよ。隣に座ったのに 」
「 え?連れてったの?普通驚かれるとまずいから気をつけない?」
のんびりとした昂平の言葉に千住が少しイライラする。
「 うちは書生さんとかお弟子さんとか沢山出入りしてるから、そんじょそこらの人にはみんな驚かない 」
「 なるほど、大家は違うなぁ 」
「 でもシーツの洗濯は俺がしたよ 」
妙な時に妙な言葉で夜の交合を思い出さされて、千住の顔は全くに染まった。
「 千住、今夜も期待してる?」
笑いながら言う昂平にカッと熱くなったのは、
今夜は昂平のそれが欲しいと思ってしまったからだった。
これが妖の力なんだろうか。普段はストイックなほど昂平から手を出させるまで我慢してるのに。
「 千住の身体はたった一日でとっても卑らしくなった…… 」
耳元で囁かれた言葉に下半身が疼き思わずトイレに駆け込んだ千住を追いかけて二人して個室に入れば、
互いのズボンを性急に下ろして、下着を濡らす雄を昂平の以外に大きい手が一緒に掴む。
「 あ、ぁ、」
お互いの吐息を数センチの距離で感じながら、
千住は思わず気になってたことを口走った。
「 昼間コウとしたの?二人っきりにしたのとっても嫌だった 」
「 気になってたの?」
笑った昂平が更に握った両竿の根元をねっとりと扱くと、千住の腰が飛び跳ねる。
「 ここがいいんだ?」
と言いながら猛った竿の先っぽに片方の指を捻じ込む昂平。
「 いや、ゃ、出る、出ちゃう 」
トロトロと吐精しながら涙を浮かべた眦に軽くキスを落として昂平も上り詰めた。
熱が収まらない。
千住は身の内に抱える熱に、
下腹が泣くように絞られる。
きゅうきゅうと太い物を欲しがる、
堪らないもう、欲しいとしか思えない。
夕餉の膳もそこそこに、
腰を折って廊下をなんとか歩むけど、後ろから昂平が腰を抱える手にすら劣情を覚える。
尻の谷間を伝って、その指を這わして、頭の中にこだまする侵して欲しい欲求は出口を求めてら狂おしいほど猛ってくる。
こんなの俺じゃない……
しとどに濡れてる性器の草叢
その吐き出したものはたしかに男の欲望を刺激するはずなのに、
なんで昴平はほっとくの?
このままここで暴いて開いて注いでくれ!
「 もう少しで部屋に着くから 」
「 ァ…ゥ、ゥ 早く ハヤク キツネが 」
あの狐が黄金の色の肌を晒して寝床の上で胡座をかいてるのがくっきりと見える。
乳色の霞みがかった中に緋色の布団と黄金色の肌。
あやかされたのはあの狐を巻物から解き離した俺たちのほう。
身体が熱い……渦巻く熱が澱のように溜まっていく。内臓を駆け巡るように重たい甘ったるい性が腹に鎮む。
座敷の襖を開けると、そこは丹の色の世界だった。
先ほど見たとおり、一糸まとわぬ狐の男がその翡翠色の瞳を俺たちに一心に
向ける。
辺りに漂う獣の匂いは麝香の気を強く纏わりつかせて、俺たちの衣服を引き剥がしにかかった。
昂平が浮かされたように裸の千住の太腿を後ろから抱えると、コウは膝を千住の尻たぶの下に滑らせる。持ち上がった卑猥な間にコウが舌を差し込むと、痙攣し始める身体。
千住の嬌声が座敷に響く。
「 ァン、ヤ、、ソコ、いく、いく 」
後ろから回された手で濡れそぼった竿をしつこいほど扱かれ、
下の孔をザラザラした長い舌で嬲られる。
乳首を自分でつねりながら擦り上げると、もう頭の中は真っ白で尻は振りたくるだけになる。
全裸でまぐあう3人の雄は天を衝く勢いでその吐き出した白いものを擦り付け合いマーキングし合う。
緋色の布団はしとどに濡れる。
尻の間には狐の雄がしっかりと刺さり、どんなに揺らしても抜けることはない、獣との交わりはこんなに硬く深いものだったとは、千住の身体にはもうどれだけの性液が注ぎ込まれたんだろう。下腹はパンパンに膨れそれでもまだ吐精を受け止める。
下から突き上げられ、前は昂平に深く咥えられ、
喘ぎ声が止められない。二人の雄は黙ったままただただ千住を翻弄した。
これは儀式だと、祭祀だと、天からのつぶやきが降ってくる。
丹の色に囲まれた世界で、これは昇華させる儀式だと。
何を誰を昇華するの?
答えはまだ出てこない。
夜中の間、それこそ朝の鳥の鳴く声が響く頃までまぐわった。
コウはずっと怒張させていたものを己の下半身に収めると死んだように眠りについた。死人のような青褪めた顔を見て、昂平と千住は顔を見合わせる。
「 生気がなくなってきてないか?」
「 うん、昼間もうつらうつらしてるし、本当に何も食べないで大丈夫なのか?」
帰りたいんだろうな、400年前に……
二人は思わず顔を見合わせた。
帰してやりたい……それは切に二人の一致する気持ちだった。
朝早く二人は伯父にあたる稲荷神社の宮司を兼任する、つまり昂平の父親に蔵の鍵を借り早速神社の境内に入った。
前の日まで巻物の内容を紐解きわかったことは、巻物に閉じ込められ400年生き延びたコウ。
その叔父、センの勧請で小さい祠だった稲荷権現をきちんとした神社に建て直したとあった。
きっとこの神社に答えがある。
確かセンの文章の中に、稲荷権現が400年の時を待てというお告げがあったと記されていた。
それなら稲荷権現の方に時を渡る力が備わっているのかもしれない。
センはそれを400年後に封印が解ける事を予想してこの神社を勧請したのではないか。
センが巻物に封をするのに麝香の香りの墨を使ったのには長い間の魔除けの意味があったのではないか。
確かにコウを閉じ込めたのが稲荷権現の祟りだとしたら、狐の妖怪が術でコウを巻物に閉じ込めたと考えられる。
センは麝香の香りで長い間コウを護ったんだ。
そして昴平が封印を解いた。
それはもう一つの古墨、竜脳に含まれた香りの力。
神社の蔵の中に入ると
壁から床、天井、全て丹色が塗られていた。
二人で目を皿のようにして神社の縁起書を読みながら探索をする。
夕方になり今日はおしまいにしようと思った時、丹の色が濃く塗られている床板が差し込んだ夕陽に映えた。
「 ここだけ丹色が何重にも塗ってある 」
「 床板を剥がそう 」
持ってきたバールを使おうと昴平がリュックを持ち上げると、
ガタン!と大きな音がした。
「 え?何?今の音、外?」
「 待って!ここに穴が開いている、ちょうど指が入るくらいの 」
その床の穴に指をかけた千住が床板を持ち上げると、簡単に続けて六枚の床板が外れた。
中を覗くと、底には木箱が置いてある。
二人で床下に降りてその木箱の蓋をあけた。
稲荷神社の蔵の床下には丹色の色を施した舟が隠してあった。
昴平はハッと気がついた。
「 確か巻物に、稲荷権現が過去と未来を行き来できる舟をセンが奉納したと書いてあったよ 」
「 え?稲荷権現にそんな力があるの?」
「 丹の水銀の神力にも頼るみたいな記述もあった 」
「 じゃあ、この舟と稲荷権現を繋げばコウは過去に帰れるかもしれない 」
「 うん、そうかもしれない 」
だが、稲荷権現と接触をどうすれば?
稲荷権現を呼び出す呪文をなんとか探さなければならない。
まだ調べていないセンの巻物の中にその技術があるかもしれない。
そしてコウを彼方へ帰そう。
400年前の世界に返さなければならない封じ込まれる前の世界に……
「 そうとなったら急いで跡の巻物を解読しなきゃ 」
床下から這い出た二人は急いで蔵に鍵をかけ屋敷に戻るため神社の社の前を通ると、
一人の男が賽銭箱の前にぼーっと立っていた。
その姿、どう見ても昔の人の装束で、先日見たコウの衣と全く似たような姿。
「 あ、あなたは?」
千住が恐る恐る尋ねると、
「 お主たちは?ここは?
稲荷神社ではないのか?」
と途方にくれたような声を返される。
「 稲荷神社です 」
「 お主たち、何者か?」
二人は顔を見合わすと昴平がそれに答えた。
「 俺たちはこの下の家のものですが、
あなたは?」
「 この下の家?神社の麓にある屋敷は私の屋敷だ 。
何者だ!お前たちは 」
とその男は腰に携えた短刀を抜こうと構えた。
「 ひよっとして、まさか、、」
「 セン!」
声を合わせて叫ぶ千住と昴平に、
「 なんで私の名を知っている?」
と怪訝そうに短刀を二人の方に向けた。
「 コウが、コウがうちに居るんです 」
「 え?コウ……コウが 」
三人の間に一瞬静寂が漂う。
千住と昴平はセンだと確信しているけれどセンが話してくれないことには短刀の前からは動けない。
「 コウは、わたしの屋敷の蔵で巻物に封じ込まられていた筈だが 」
「 封印が解けたんです、墨の香りで 」
「 え?墨の香りで?」
「 はい、竜脳の香りで 」
「 君は君のところにはコウが居るのか?」
「 はい、一緒に行きましょう、その前に短刀は収めてくださいね 」
頷き、泣きそうになっているセンを連れ神社の階段を降りる二人の後ろ姿を翡翠色の眼が追っていた。
座敷に入ると、コウが床柱に寄りかかり苦しそうに顔をしかめている。
「 コウ!」
センが履物を脱ぐのもそこそこに座敷に駆け上がり呼びかけると、目を見開いたコウ。
「 セン。俺死んじゃったのか?センが見えるぞ 」
コウ、駆け寄るセンはコウを抱きしめたまま泣き崩れた。
「 え?センなの?本物の?」
暮れる夕陽が差し込む座敷で、400年ぶりに会えた二人。
「 なんか、これって奇跡?」
「 そうだな、やっぱり信じられないことが起きてるってことだよね 」
暫し、二人の奇跡の時に千住と昴平はもらい泣きした。
コウに昴平が
「 具合、相変わらずダメか?」
と聞くと、
「 いや、大丈夫だ、少しだるいだけだから 」
と答える。
そんなコウを抱きしめたままセンが語りだす。
「 コウ、私がここに来れたのは稲荷権現の力だと思う 」
「 え?俺を閉じ込めた稲荷権現の?」
「 そうだ、あれからお前が封印されてしまった巻物を何とか解こうと色々な術を遣ったが何をしても駄目だった。せめてもと400年待てというお告げに従って、麝香の香る墨で巻物を上から更に魔除けのために封印し、私は稲荷権現の怒りを解こうと祠だった稲荷神を勧請してきちんとした神社にしたのだよ」
「 俺のために?」
コウは嬉しそうに微笑む。
その頰を撫でながら、
「 権現に怒りを鎮めて貰えばお前を返してくれるんではないかと思ってね 」
結局、センが稲荷権現の怒りを解くために神社を勧請し、お社を建造し、更に丹の色の舟を奉献したということが、稲荷権現の心を緩めコウに会うためにこちらの世界に来ることができたらしい。
コウが狐を殺した。怒りを買ったコウは巻物に閉じ込められて封印されてしまう。
嘆き悲しんでいるセンに稲荷権現は400年後に何か起きると伝える。
センは修行しながら霊験を高めていき400年の時をコウを護るように最高の麝香を練りこんだ墨に霊力を注いで巻物を上から封印した。
「 つまり稲荷権現の力を霊力で上から加護したってこと?」
千住が尋ねると、
「 そうなるかな〜」
と400年の時空を超えてきてまだぼーっとしているセンの答えは頼りない。
「 封印を解くのに竜脳の香りの墨を指定したのもセンが未来を見通す力を霊験で手に入れた結果のものじゃない?なんせうちの家は、墨を生業にしてるんだから…… 」
昂平が感慨深げに言う。
「 そうだな、墨の力は丹生家の霊力ってわけか。
調べたんだけど丹生家の祖はもともとこのセンって人のお爺さん、陰陽師の端くれだった人らしい。その人自体はかなり危ういんだけど、センはかなり修行をしたし神様たちとの交信に努力したみたいだね 」
と、それを捕捉する千住の言葉。
センは自分のことを語られているのに、云々とただ頷いてコウの頭を撫でている。
狐の妖怪になったコウの方がだいぶ大きくなっているらしくコウが不本意な表情なのがおかしいと昴平は笑った。
「 小さな祠だった稲荷権現を立派な神社に格上げしたのもセンだから。ある意味400年後のことを暗に権現に頼んでいたのかもしれない 」
「 それにしてもコウは400年もヒトのかたちで居られるわけはないから封印を解かれた時には妖怪になっちゃったんだろうね 」
「 なんかコウが哀れだね、雉を狙ったと思って追い払おうとした石が稲荷の祠の裏で狐に当たってしまったなんて 」
「 それに、400年後の世界に体力がついてこない、あの時はすごいのに 」
「 は?あの時とは?」
その部分だけ食いついてきたセンにどこまで話して良いものかと二人の言葉が止まると、
「 あの時ってさ、よく俺とコウがやってたことのもっと凄いのよ。コウは俺のマラを擦ったり舐めたり揉んだり尻の穴に何か薬を入れたりしてたじゃない。俺この世界では俺のマラをその千住って人に 」
そこまで言うコウの口を慌てて二人で塞ぎにかかった。
みるみるセンの顔が蒼ざめていくのがわかる。
本人たちを目の前にして、
陰陽師のセンを誤魔化すことは叶わないと悟り、トロトロと話し出す。
「 狐の化身は奔放なのだな……それも稲荷権現は左様な行為が好物の一つと聞く。なにやら余計なことを言ってこないと良いが 」
とセンはやけに落ち込んで深刻な表情になってしまった。
四人で今後のことなどを話し合っていたらすっかり夜も更けてきた。
相変わらずこの世界のものは食べないコウ、私達の身体はここの世界に対応できないんだと言うセンを置いて夕食と入浴を済ませた。
「 この先、どうする?今夜はどうなるのかな?」
困ったような顔で瞳はかなりなにかを期待している千住に、
「 千住はひょっとして……やらしいなー 」
と囁くと、真っ赤になった千住に、
「 バカ!」
と、ど突かれた。
座敷に帰ってくると、ピンと何かが周りに張られたような妖しい空気が漂ってくる。
「 なんだろう?」
「 あれ?センが居ない……」
「 コウ、コウ 」
眠っていたコウを揺すって起こすと、
起きたコウの眼は今日の無気力な姿が嘘のように爛々と輝いている。
「 センは?どこ?」
と聞いてもコウは無言のまま。
その時天空が明るくなり雲が割れ、
一筋のまばゆい光が射す中、
朱色の鳥居が連なった。
その下を黄金色の狐を先頭に白被りの装束の物の怪の行列が流れてくる。
そして、
その中央に金色と銀色と朱色の文様の装束を纏った背の高い大きな人が現れた。
呆然とする二人と深く頭を垂れてお辞儀をするコウ。
「 権現様 」
聞こえてきた声に二人で驚愕する。
「 え?これが権現様!」
狐の面をつけた権現はいつのまにか座敷の上座に鎮座した。
その横には後ろに従っていたセンが何かものに憑かれたような表情で静かに座る。
何も準備などして居ないのに、酒や肴が次々と物の怪によって運ばれる。
座敷の中には丹色の敷物が敷かれその上には、国中の美味いものを集めたのではないかと言うほど豪奢なご馳走が並べられた。
ただただその有様を呆然と見ていた二人に、その権現様とやらが声をかける。
「 馳走はもうこのくらいで良い。酒もたんまりある。この上は何か出し物を 」
何か出し物をと権現様が所望すると、どこからか甘い麝香の香りが漂い始めた。
この香りは淫夢を呼び起こすのか、堪らないほどの欲望がその香りと共に立ち昇った。
下腹の辺りに溜まる熱に抗えない
三人が一様に衣服を剥ぎ取りあうと、
床に敷かれた丹色の敷物の上で饗宴が始まる。
そこに、やはり一糸纏わぬ姿になったセンがにじり寄る。
頭の中には桃色の空気が流れ、身体にまとわりつくサラサラとした触感は狐の滑らかなビロードのような肌。
「 昂平、好き……好き!」
すっかりタガの外れている千住はいの一番に昂平の上に跨ると身体じゅうに口づけを落としながら、恋しい男の声が上がる官能のツボを探し回る。
唸り声を上げてその千住に飛びかかったコウは四つん這いの獣の形になった千住の尻たぶを両の手で広げそこに狐のような長い舌をビチャビチャと水音を立てながら這わしていく。
「 あ、ぁん、いい……すごい 」
と言いながら尻を振りたくる千住の身体はもう昴平の腹の上で美味しそうな匂いを振りまき真っ赤に染まっていた。
金色の尾っぽが勃起した男根とともにまっすぐ天を突くコウ。
「 ひどい……コウ、私を置いて 」
センがそのコウの床から浮いた下腹に潜り込み猛ったコウの太い竿を愛おしげに眺めるとその化身した獣のえらの張った亀頭を口にする。
センの結い上げていた御髪が崩れてその漆黒の髪が敷物に流れると、それは墨汁のように敷物の丹の色に漆黒の糸を流した。
その墨色の糸の先は小さな筆の先のようなものに変わり、
一斉に腐乱に睦み合う彼らの脇の下、乳首や陰嚢、男根の根元、尻の孔の口開きかかった処にまとわりつく。
「 ほぉ、センは淫魔な式神を遣ったか 」
と感心したようにその饗宴を見つめる権現様の狐面の中の眼は翡翠色に輝きだした。
真珠のような肌をした千住とセン、象牙色の痩身が艶かしい昂平、そして黄金の耳と尾っぽを纏った逞しいコウ。
四人の雄は、それぞれの美しい肢体を飽くこともなくそのお互いの快楽の壺を昂めることに没頭する。
稲荷権現は微笑みを浮かべ時には無理な注文や意地悪な事をやらせてみたりする。
コウが千住の肛門に愛撫をしながらセンがしゃぶった雄芯を挿れるのを激しく妬くのを見つけると、昂平にセンを同じようにいたぶれと命令する。
千住がコウに跨り中を突き上げられて動けないのを見越し、その目の前で昂平はセンの乳首をしゃぶり甘い声を上げさせながら性器を扱く。
千住の悲鳴とセンの喘ぎ声。
「 いや、あ、あ、ダメ 」
と言いながらも昂平に下袋まで揉み込まれると我慢できずにトロトロと吐精する。
その吐瀉物を又四人の身体に媚薬のように塗りたくる式神。
「 センは前はコウを抱く方だったが、どうだ?400年の間に男として逞しくなった狐の妖怪の味は、悔しいことに先に千住が味わってるようだな 」
と稲荷権現様がいけずを言いながら酒を煽るのはさぞかしその饗宴の様が目にも美味いのだろう。
「 嫉妬は最高の肴だわ 」
コウを千住にあてがうことで、センと昂平は暗い嫉妬に焼かれながらお互いの欲を吐き出しあう。
昂平に太ももを押し広げられ、その蕾をねっとりと舌でほぐされながら、
「 いい、いい 」
と泣くセン。
パンパンに膨れた雄芯を濡れそぼるそこにねじ込むと、浅いところを軽く突いてやる。
目はコウを欲しがりながら孔はその刺激にきゅうきゅうと喜びながら煽動し始めると、昴平のものは探るように奥へ奥へと侵入していく。
コウは長い性器を千住のまだ青い孔に全部は収めきれない、根元とふぐりの辺りを自分の指で扱くと、黄金色の陰毛で敏感な蕾の周りを履いてやる。
「 あ、あ、いっく、いっちゃう 」
抜けない亀頭を腹のなかに奥深くまでみっちりと収められ、ずりずりとうち壁が剥かれるほど出し入れを繰り返されると、足先から頭まで鋭い悪寒が突き抜ける、いつのまにか大量に滴らせた精液ははどっぷりと丹色の敷物の上に白い溜まりを作っていた。
濃厚な性の匂いの中で稲荷権現様はそのエキスを吸い取った。
「 狐はもともと陰獣好きのバケモノだからな 」
とゴチると更に四人の心を嫉妬で煽るように仕掛ける。
大股を開かせたままで、愛する男の前で気をやらせたり。
突き出した尻の谷間、雄芯の突き刺さる蕾を舌で舐めさせたり。
あらゆる痴態を指図して、四人の狂態を楽しむ権現様。
どこまでも続く饗宴はその夜中賑やかに、朝日の昂るまで続けられた
性のすべての奥義を使って稲荷権現様を接待した四人は疲れ果て、
倒れる様にお互いの身体の上に伏すと、
夥しい性技を鑑賞しやっと満足した権現様は最後に約束をひとつしようと語りかける。
「 この日この時なら丹色の船を400年前の日に流してやろう 」
とその日までに揃える条件を四人与える。
一つ、
この世界で狐の憑依の憑代を与えろということ、
一つ、
一年に一度、権現の若君が下界で遊びたい時にその憑依された力で若君を歓待しろということ。
この二つの絶対条件を飲めるのなら、この二人、センとコウをその舟に乗せて送ってやろう。400年前のこやつらの時代に。
と言う言葉と共に全てのものは昇る朝陽と共に消えていった。
座敷の中には重い沈黙が漂う。
憑依の憑代は千住の身体が一番同調できるということ。
そして、千住は女子と一生接触同衾してはいけないということ。
千住の身体の中に母親以外の女の血を一滴も入れてはならないとのこと。
を権現様は望んでいる。
幸い、千住は元々ゲイで女との交渉はなかったが、相方の昂平も生涯女とは身体を重ねないことを条件に二人のまぐわいは許される、とも伝えられた。
ゲイではない昂平はこの先の未来結婚も考えられるのに、自分に縛り付けて良いのかと悩む千住。
しかし、一生千住と添い遂げると。
昴平は決心をする。
センとコウはそんな二人の決断をただただ聞いていた。
そして最後に向こうに戻れたら力の限り霊力を遣って一年一回の権現様の若君の歓待には助太刀をするからと固く約束を交わした。
「 必ずや戻るから、そして千住と昴平のためにこの世界に繋げるよう霊力を磨く。コウもきっと修行を重ねることは厭わないはず、なあ、コウ 」
黄金色の耳と尾っぽとビロードのような肌を纏った青年は大きく頷いた。
「 千住とはもう他人じゃないから、俺は一生懸命励むぞ!もしかしたら権現様の若君にひっついて千住を抱きにこれるかも知れん 、あ、次は昴平も抱いてみたい 」
節操のない狐の男は思いっきり三人にひっぱたかれた。
そして、
稲荷権現が降神し嫉妬に身を焼いた夜から、その権現との約束を果たすことを決心した恋人たち、千住と昂平。
ついにこの日この時、
コウとセンと別れの日が来た。
寂しさを押し殺してお互い別れを告げる。いつか黄泉の国で再開しようと。
稲荷神社でコウが呪文を唱えると、
稲妻とともに共に文机の上の巻物に黒い紐となって縛り付けられたコウとセン。
封印するための麝香の香りの古墨を擦った昂平がその巻物に陰という一文字で封印をする。
きっちりと巻物が巻かれ、その巻物を丹色の水銀の舟に乗せる。
辺りが濃い丹色に染まり天井の翡翠色の目が光ると、
あっという間に目の前から消えた舟。
残った静寂。
これで良かったのかと見つめ合う二人。
「 よかったんだよ 」
「 戻れるんだね、あの二人は 」
約束通り一年に一度。
若君の権現の出現の時、お付きの狐は千住に憑依し、その日は若君を迎え入れ三人でまぐあう。
淫魔に爛れた夜の営みの後は、
丸一日、賑やかに人々の踊りや神楽で若君を楽しませる。
狐のお祭り、人々に稲荷権現を祭らせよ、という。
それが稲荷権現との約束。
いつもの昴平の部屋の座敷の文机の上。
いつのまにか出ていた巻物に一行の文字。
ー ありがとう ー
「 これはコウとセンからのメッセージだよな 」
「 うん、きっとそう 」
時空を超えてきた挨拶の文字からはほんのり麝香の香りが漂った。
君よ知るや墨の縁 了
ー 後日談 ー
憑依されるみしるしとして体毛の色が黄金に変わった千住。
髪の毛は本来の千住の髪の色、栗色に染められるが、
陰毛と腋毛などは黄金のまま。
それがなんとも艶めかしく美しい。
憑依される毎に益々艶やかな香りを放つその身体。
夜の営みに夢中になる千住と昴平二人にセンから巻物の贈り物が届く。
淫魔の式神を送りますと記された巻物にはしっかりと筆の先っぽの印が麝香の香りを放ちながら描かれていた。
それはまるで狐の妖怪コウの尾っぽのようだった。〉
【感想はコチラまで→】honolulu
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