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【八千代】永倉ミキ
――我が名を呼び、召喚せよ。
そんな簡単な封印を、今まで誰も解かなかったことのほうが不思議だった。しかし、その名前を呼んだのは、夏樹(なつき)が初めてだったという。
蔵の地下で巻物を手にした瞬間、夏樹の頭にはその名が浮かんでいた。
「八千代(やちよ)」
今も、呼べばその狐は姿を現す。蔵の奥の障子を開け、美しい男の姿で。
八千代は妖狐だ。
巻物にそう書かれてあった。千年もの昔、この地を治めた伝説の狐神であり、人の心が荒んだことを嘆き、罰を与えるようになったため、妖狐として恐れられるようになったのだと。ちなみに八千代の話では、狐神も妖狐も同じものらしい。人間が勝手に呼び方を変えているだけだと、つまらなそうに言っていた。
八千代が巻物に封じられた経緯はわからない。だから、召喚してしまったものの、戻す方法もわからなかった。
「ねえ、八千代」
「なんだ」
「おなか空かないの?」
「……構うな。おまえは、俺を何だと思っている」
「狐でしょ?」
あるいは。
「人間にも見えるけど」
金色の長い髪と同じ色の豊かな尻尾、頭に生えた狐の耳が夏樹たちとは違っているけれど、それ以外は、八千代はとても美しい男の姿をしていた。すっきりと整った顔に神秘的な金色の目。背は高く手足は長く、雅(みやび)な和服が、背筋の伸びた綺麗な姿勢に似合っている。
その美貌に、初めて会った時から夏樹は心を奪われた。どのように、と説明するのは難しい。とにかく魅かれ、彼が何者かもわからないうちに、守らなければと思っていた。
「どっちにしても、生きてるんだからおなかは空くでしょ?」
夏樹の問いに美しい狐神は視線を逸らした。次の瞬間、くうっと腹の虫が鳴くのが聞こえた。
「素直になりなよ」
「うるさい。昔はもっと供え物が豊富だったのだ。おまえの施しなど受けなくとも、十分に腹を満たすことができた」
「でも、今は違うでしょ。蔵の中にいるんだから、僕が運んだものしか食べられないじゃないか」
意地を張る必要などないのに。
「供物(くもつ)として奉納されるものと、施しとでは、食に宿る力が異なるのだ」
「また、わけのわからないこと……」
プライドが許さないということだろうか。夏樹はため息を吐いた。
蔵に現れてから三日。八千代はわずかな食事しか口にしていない。かつて神様として祀られた存在だからか、「一度清められた食物しか口にしたくないのだ」などと、のたまう。
「今のままでは、俺の身体が清すぎるのだ」
そんな意味不明の言葉を口にして、一口、口に運んでは、すぐに箸を置いてしまうのだ。
庭の東に建つ蔵は、父の趣味で防音室に改装されていた。今、二人がいるリビングのような空間はオーディオルームとして使っている。
ほかに和室が一部屋と、その奥に水回り。玉石混交する所蔵物は鑑定人に依頼して、整理をした上で価値のあるものだけを地下の納戸に移した。離れとしても使えるように、キッチンやトイレなどの設備も付けてある。小さいけれど、風呂もある。
だから、数日程度なら外に出なくても暮らせる。
けれど、この先ずっと、八千代を匿い続けるのは難しいだろうと思った。
(食事のこともあるし……)
板敷の部屋に置いた籐のカウチに、八千代と並んで腰を下ろしていた。そこで「どうしたものかなぁ」と夏樹はため息を吐いた。
夏樹の家の蔵に眠っていたのだから、この家が代々守ってきた祠(ほこら)が八千代の棲み処だったのだろう。今では面影もないが、祠はかつて、この地を治める氏神様が住まう御社(おやしろ)だったのだ。つまり、八千代がその御社の氏神様、狐神。御社自体もそこそこ立派だったと聞いた。
「これからどうしようか」
「どうするとは?」
「ここに閉じこもっていても、つまらないでしょ? 昔みたいに神様として祀ってあげるのは難しいけど、もう少し自由に暮らせるように、僕にできることはしたいと思ってるんだけど」
「ずいぶん親切だな」
「一応、僕が召喚しちゃったし」
「召喚……? 封印を解かれて、俺はよかったと思っているが」
ずいぶん長い間、眠っていたが、そろそろ外に出たいと思っていた。そう八千代は言った。ちょうど、時も満ちた頃だからと。
「あとは、俗世にこの身を馴染ませることだが……」
八千代が夏樹の顔を見た。綺麗な顔でじっと見られると、なんだか心臓がドキドキしてくる。
「夏樹といったか……」
八千代の手が伸びてきて、夏樹の黒い髪に触れる。
どうしてか胸に甘い痛みが走って、頬が赤くった。形のいい金色の目が、わずかにすがめられて、またツキリと胸が痛む。
「悪くない」
「な、何が?」
八千代は嫣然と笑った。ものすごいフェロモンが流れてきて、夏樹はちょっとフリーズしてしまう。
「ちょうどよい。おまえを俺の供物にしよう」
「供物?」
「おまえと交われば、俗世に馴染めるだろう。妖力も戻り、完全な人型を取ることもできる。清めずとも、食物を口にできる」
「清めずともって……。本当に、食べられなかったの?」
プライドの問題ではなかったのか。
「身体に馴染まぬので、味が悪い」
まずくて、とても食べられたものではないのだと言う。身体に毒というわけではないと聞いて少しほっとするが、それでも、そんなにまずいのでは辛いだろう。
「えっと、でも、僕と交われば美味しく食べられるようになるの?」
「そうだ」
「そっか」
なら、よかったと夏樹は笑った。八千代も笑う。それから、なぜか近い位置に移動してきて、夏樹の腰に手を回した。
「そうと決まれば、全は急げだ。奥にゆくぞ」
「へ?」
この時、夏樹はまだ「交わる」という言葉の意味を正確に理解していなかった。ふつうに「交際する」とか「交流する」とかいう意味だと思っていたのだ。
あとになって考えると、今どきの高校生男子として、あまりにイノセントであった。
けれど、八千代のように神々しい狐神の口から、エロ単語としての「交わる」が出てくるとは思わなかったのだ。それほどの人生経験を、夏樹はまだ積んでいない。
だから許してほしい。
「あ、……、もう、許して……」
甘い声が和室の天井に吸い込まれる。
八千代に手を引かれて連れてこられたのは八畳の和室で、短い廊下の先にあるユニットバスで先に身体を清めるようにと言われた。
連休初日の朝で、まだどこにも出かけていないのに風呂に入るのは、なんだかおかしな気分だった。けれど、やや高い位置から自然光が差し込む浴室に入ると、LEDとは違う明かりの下で浸かる湯に、ちょっとしたお出かけ気分を味わった。
夏樹は、上機嫌で和室に戻った。
「八千代も入れば?」
和室ではすでに八千代が着物を脱いでいた。腰布一枚になった姿に、心臓が撥ねる。ただ細いばかりの夏樹とは違う、均整の取れた美しい身体を前にして、思わずうっとりと見とれてしまった。
畳の上には、昼間なのに布団が敷かれていた。しかも、わざわざ敷いたらしく、きちんと四隅が揃えてある。なぜだ。
不思議に思いながら、夏樹は布団の上に座った。ふさふさの尻尾がどうなっているのか気になって、失礼だと思いつつ、そばにある形のいい尻と、その尻の肉に食い込む古式ゆかしい下着のあたりに目を向けた。
その時、八千代が振り向いた。
(ひ……っ)
夏樹はあやうく悲鳴をあげそうになった。いきなり目の前に現れた八千代の股間が、すごいことになっていたからだ。
「準備はいいか」
「えっ! あ、はい」
驚きの余り、慌てて返事をする。
「ずいぶん威勢がいいな」
少し恥じらいが足りないのではないかと、八千代が顔をしかめた。
「見たところ、初物に間違いないはずなのだが……。度胸がいいのか?」
「ど、度胸は、人並みかと……」
誇れるほど勇敢でもないが、人として恥ずかしくない程度の肝力は持ち合わせているつもりだ。不良に絡まれても、仲間を置いて真っ先に逃げるなどということはできない。最後まで闘うとか、一人で敵を倒すとか、そういう活躍もできないけれど。
そもそも「パッと見、女子」の夏樹に、そこまで求める者もいない。
(八千代くらい、いい身体をしてたら、それだけでけっこうな威嚇になりそうだけど……)
百七十センチのひょろりと白い身体では、ファイティングポーズを取ったところで、鼻で笑われるのがオチだ。
そんなことを考えていると、八千代の手が、身に着けたばかりの夏樹のシャツを脱がし始めていた。
「何してんの?」
「おまえは服を着たままのほうがいいのか? だが、最初は全体を愛でてからだ。慣れてきたら、いきなり交わるのもよいが」
言いながら、夏樹を布団に横たえる。
晒された白い胸を見て、満足そうに口の端を上げた。どこか淫靡な匂いのする顔に、夏樹の心拍数が上がる。
「なかなか美しい」
八千代が呟くのと同時に、長い髪が肌に零れ落ちてきた。
そして……。
夏樹の胸に八千代が口づける。
「ふえ……?」
ヘンな声が上がってしまった。
慌てて起き上がろうとすると、大人しくしろと押さえつけられる。八千代の身体が夏樹に覆いかぶさってきた。
身体の線を確かめるように大きな手のひらが脇腹を滑る。すぐったさと、それに混じる疼くような甘い痺れに、夏樹は両手で口を押さえた。八千代の指が乳首の周囲をさまよい、円を描くように滑った後で中心を押しつぶす。
「あ……」
押さえた口から声が漏れる。
「我慢しなくていい。気持ちよければ、声を聞かせろ」
「あ、でも……、あ……」
何の意味もない飾りだったはずの場所が、何かのスイッチに変わったように、押される度に夏樹から喘ぎを引き出す。
「あ、あ……、ん……」
八千代の指が再び円を描く。いつ触れられるのかと息を詰めていると、小さく尖った赤い突起を八千代は口で含んだ。濡れて温かい舌が先端を押しつぶす。
「ああ、んん……」
「なかなか反応がいい。可愛い身体だ。気に入ったぞ」
片側を舌で舐め、もう一方を長い指で摘まむ。小さな尖りを親指と人差し指で転がすようにされて、夏樹の息が荒くなってゆく。
「あ、は……、あぁ……、八千代……」
ドキドキと速くなる胸の鼓動の下で、夏樹はようやく「交わる」という言葉の意味を――正しい意味を、理解した。「交わる」とは、つまり「性交する」もしくは「交尾する」ことだ。
(どうしよう……)
相手が神様だとか同性だとか、そんなことの前に、夏樹は未だ、誰ともそういう意味で触れ合ったことがない。
恋もしたことがないし、キスだってまだだ。なのに、いきなりこんな高いハードルの前に立たされるなんて……。
しかも、少しも嫌ではない。そのことにビックリしていた。
八千代に触れられて、イージーパンツの中のささやかなものが存在を主張し始めていた。やわらかい布を押し上げてゆっくりと勃ち上がりかけている。
どうしよう。
そう思った時、八千代の指がそこに伸びてきた。しっとりと熱をもって膨らんでいるものを確かめ、布の上からそれを揉み始める。
「あ、んん……」
「可愛いな」
頬にキスが落ちる。
「八千代……、僕、まだ……」
唇へのキスをねだったつもりではなかった。けれど、八千代は夏樹の口に優しく指を当て、問いかけるように覗き込んだあと、軽く唇を啄んだ。
「これも、初めてか」
ぼんやりと頷くと、八千代が笑う。そして、どこか憐れむような優しい目で夏樹を見た。
「それは難儀だな……」
再び唇を塞がれ、濡れた舌に「開け」と促される。そっと小さな隙間を作ると、八千代の舌が忍び込んでくる。
「んん……っ」
熱い舌が触れ合う。ほんの一点に過ぎない部分に、ありとあらゆる神経が押し寄せ、全身に電流が走った。
「あ……」
絡めた舌が抜き取られると、夏樹はもう、何も考えられなくなっていた。
だが、さきほどからすごいことになっている八千代のものが夏樹のそれに押し当てられると、反射的に悲鳴を上げていた。
「ひえ……っ」
「封印を解いたのが、おまえの運だな」
少し困ったように八千代が笑う。その顔のまま、熱同士を押し付け合い、腰を揺らす。硬く熱いもので擦られ、グレーのイージーパンツに濃い染みが滲み始める。
ウエストの紐を解かれ、ゴムの部分に手をかけられて、夏樹はわずかに身もだえ抵抗した。八千代の手を掴み首を振る。しかし努力の甲斐なく、柔らかいボトムは下着もろともあっさり引き下ろされた。
「や……」
薄い陰毛とともに勃起した夏樹自身が晒される。羞恥を覚える間もなく、八千代の腰布が解かれ、跳ねるように現れた雄芯に息をのんだ。
身体の大きさに比例して、それはとても立派なもので……。
(立派すぎる……)
あれを、と夏樹は、世間一般の平均に近い頭脳をフル回転させてシュミレーションした。おそらく、受け入れるのは自分のほうだ。そう結論付けた瞬間、叫んでいた。
「無理!」
「怪我はさせぬ。心配するな」
「でも……」
あれを、ともう一度八千代の股間に目を向ける。
(いやいやいやいや。絶対、無理だから……!)
夏樹がパニックに陥っている間にも、八千代は優しく身体を愛撫し続けた。背中を撫で、頬や首筋や鎖骨に口づける。甘い吐息が零れ落ち、八千代の愛撫を気持ちいいと感じている自分に気付く。
敏感になった突起を舌で転がされ、あえかな喘ぎを漏らした。
熱い猛りを直に触れ合わせると、どうしようもないようなもどかしさが込み上げてくる。それは欲望と歓喜に変わって、夏樹を押し流す。未知の世界へ、快楽の果てへと。
「あ、……。あぁ、……」
(どうしよう……。気持ち、いい……)
「ん、あぁ……」
「夏樹、我慢するな」
素直になれ、と促されて、夏樹は自ら腰を揺らし始めた。互いのものが複雑に交差し、ふいに敏感な場所に当たる度、今にも達してしまいそうな愉悦が腰のあたりに渦巻く。
「あ、あ、もう……」
「ああ。一度出すぞ」
大きな手で二本をまとめて擦り上げられ、叫ぶような嬌声を上げて、夏樹は弾けた。
「あ――…………っ」
いつの間にか高く反っていた背中が、ぱたりと布団に沈み込む。荒い呼吸の合間に、八千代の唇が頬や額にそっと口づけた。よくできたと、褒めるように。
「可愛かったぞ、夏樹」
次に、白い滑(ぬめ)りをまとった指が、固い蕾に触れる。探るように周囲を撫でられ、くすぐったさにゾクゾクと鳥肌を立てた。背中が震える。
「怖いのか」
「ち、違う……」
「では、嫌か?」
「い、嫌じゃ……ない……」
嫌ではなかった。本当に、嫌ではなかった。おかしいだろうと思うのに、少しも嫌だと思えなかった。
出会ってたった三日目の、異性か同性かどころか人ならぬ存在の八千代にこんなふうにされて、嫌だと感じるどころか嬉しいと思っている。好きかもしれないとか、恋かもしれないとか、淡い想いやドキドキや、悩みっぽいものや切なさめいたもの、全部すっとばして。
(だって……)
八千代の触れ方が優しいから。
強引なようで、一つも無理強いはされていない。だから……。
宥めるような口づけを繰り返しながら、八千代は夏樹を開いていった。本来とは違う目的で開かれる場所は、思ったよりも従順だった。先入観を捨ててしまえば、時々気持ちいいと感じてしまうほどに……。
「挿れるぞ」
「は、はい……」
四つん這いにさせられて、八千代に尻を突き出していた。やわらかく綻んだ孔に硬い熱杭を押し当てられる。
「あ……」
「息を吐け」
「はい……」
ふうふうと必死に息を吐いて、できるだけ力を抜く。熱いものが中心を突いて、割り開くような動きで襞の間を進んでくる。
「んん……」
ぎゅっと目を閉じて痛みに耐えた。八千代の唇が背中に触れ、指が胸を刺激する。もう一方が萎えた夏樹の中心を宥める。
「あ、は……」
「苦しいか」
「へ、……いき……」
浅い場所を何度か行き来し、徐々に慣らしながら奥まで進んでくる。指とは比べ物にならない大きな熱の塊が、夏樹の中に埋め込まれる。
「あ、は……」
「ああ、いい……。おまえの中はとてもいいぞ、夏樹」
八千代が腰を揺すりあげる。
「あ、あ……ん」
両手で身体を固定され前後に抜き差しされると、夏樹の中心が不安定に揺れて円を描いた。は、は、と短い息を吐きながら、八千代が奥まで届くのを待った。
半分ほど挿入したところで八千代が聞いた。
「夏樹、痛くはないか」
「だ、いじょ……ぶ、……」
怪我はさせないと約束した通り、あれほど大きなものをのみ込んでも、痛みはそれほど感じなかった。圧迫感だけは腸を刺激してくるが、その苦しさには奇妙な愉悦が潜んでいて、擦られて苦しいのに、どこかでもっとしてほしいと感じてしまう。
それでも、初めての場所で受け入れるには、八千代のものは大きすぎた。
「ん、ふぅ……っ」
さらに強く、深い位置まで穿たれると、苦しくて、背中を反らしていた。
「夏樹、大丈夫か」
「あ、あ、あ……」
一度左右に首を振り、次に縦に頷く。
「無理をするな」
ふいに八千代のものが抜かれ、喪失感を覚えながら夏樹は振り向いた。
「なんで……」
「無理をするなと言っただけだ」
「でも……」
夏樹の身体を起こして、背後から八千代が抱きしめる。肩にキスを落とされて、なぜか少し切なくなった。
「できるよ……?」
「……なぜ、そうまでして俺を受け入れる。供物になど、なりたいものではないだろう」
「だって、八千代に……」
八千代に美味しいごはんを食べさせたいのだ。始めて会った瞬間から、夏樹は八千代を守ると決めた。だから……
虫が鳴くほど腹を空かせているのに、まずくて食事ができないと八千代は言った。
「僕とえっちすれば、ごはんが美味しくなるんでしょ?」
「何……?」
「だから、して……」
振り向いて、甘えるように八千代の胸に頬を付けた。
「八千代を守りたい。僕を供物にしたら、八千代は力を取り戻せるんだよね」
「夏樹、おまえ……」
それから八千代は、少しの間、夏樹をぎゅっと抱きしめていた。そして言った。
「ならば……、遠慮はしないぞ」
「うん」
八千代の言葉に、夏樹の心はふわりと浮き立った。
再び背後から突かれる。
「あ、あぁ……っ」
八千代のストロークが長くなり、深い位置まで届くようになると、苦しさに混じる愉悦が増してゆく。
「あ、あ、あ、あ……」
初めてで、後ろで感じることなど本当はないらしい。クラスの腐女子が言っていた。なのに、突かれる度にどんどん気持ちよくなってゆく。
「あ、八千代……、ああ……」
八千代が人ではないからなのか。それとも単にセックスがうまいのか。あるいは夏樹が淫乱なのか。
考えても答えはわからない。わからないけれど、感じてしまう。
「あ、……、あ、あ……」
一定のリズムで突かれて、芯を取り戻した夏樹自身がメトロノームのように前後に揺れる。あ、あ、あ、と短い喘ぎが、それに重なる。
「八千代、八千代……」
本当に遠慮をなくした八千代に、身体がどうにかなるかと思うほど深く貫かれる。
「あ、もう……、もう……」
「どうした。イきたいのか」
ガクガクと頷くが、八千代は「まだだ、あと少しだけ」と言って、なかなか達することができない。
「もう少しだけ、夏樹を味わいたい。頼む」
八千代の言葉にも、夏樹はガクガク頷く。
それでも、もう限界だった。
「あ、お願い……」
「夏樹、あと少し……」
「あ、……、もう、許して……」
甘い声が和室の天井に吸い込まれる。
「夏樹……」
八千代の声を聞きながら、夏樹は長い二度目の放埓に身を委ねた。同時に身体の奥で、八千代の熱が弾けるのを感じた。
そして……。
目を開けると、夏樹は一人だった。
「八千代……?」
枕元には八千代について記された巻物が転がっている。
「八千代……。まさか、戻っちゃったの?」
夏樹と交われば、もっといろいろできると言っていたのではなかったか。人型にもなれるし、ごはんも美味しく食べられると言っていたではないか。
「八千代……」
――我が名を呼び、召喚せよ。
巻物から落ちた紙片を拾い、夏樹はもう一度、その名を呼んだ。
「八千代!」
けれど、八千代は現れない。しかも……。
「これ……」
夏樹が手にした紙片は、ゲームの広告の切れ端だった。
だったら、どうやって八千代を呼べばいいのだ……。
「八千代、ひどいよ……。あんなに気持ちいいことを教えておいて、僕を一人にするなんて……」
涙に暮れていると、蔵の扉が開いて誰かが入ってきた。
夏樹は慌てて服をかき集める。一人で何をしていたのかと聞かれたら、説明できる自信は皆無だ。しかし、グレーのイージーパンツがどこにも見当たらなくて、焦る。
床を進む足音。
障子が開く。
「だ、だめ。入ってこないで……!」
ぎゅっと閉じた目を、恐る恐る開けてみた。
「どうした、夏樹。何をしている」
「八千代」
「腹が減っただろう。食料を調達してきた」
耳としっぽのない黒髪の八千代が、夏樹を見下ろして笑っていた。
「八千代!」
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