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突き飛ばされるように中に入ると、立花さんが俺をじっと睨む。
靴を脱げということなのだろうと、震えを抑えて靴を脱いだら、そのまままた乱暴に腕を掴まれた。
モデルルームみたいに玄関の床も、廊下も、輝いているように見えた。
「ここだ」
真っ暗な部屋に押し込められると、そのまま立花さんはカーテンと窓を開けて空気の入れ替えをした。
窓は、上の小さな窓しか開けられなくて、それでも肌を刺すような冷たい風が入って来た。
薄暗くなった部屋は、――俺が働いていた美容室の中とあまり変わらないような、コンビニぐらいならすっぽり入ってしまいそう広さで、中央にマネキンが置かれているのが見えた。
「そこの壁にスイッチがある。電気をつけろ」
言われるがまま、電気をつけると淡いオレンジ色の電気が灯った。
「え」
部屋の中央に置かれたマネキンが、色打掛を着ていた。吉祥文様の貝が散りばめられた目に焼きつくような、綺麗な朱色。
いつも着物を着ていた――ゆかりさんに教えて貰ったことがある。
「貝合わせ」という遊びの道具。ばらばらにした蛤の貝殻の中から一対の貝を当てる、ということと運命の相手に巡りあえた花嫁をなぞらえて。
貝の模様の色打掛は、花嫁が着る衣装に用いられることが、多いと。
「き、綺麗ですね」
「お前を探していた」
広い部屋に、立花さんが俺へ近づいてくる足音だけが響いてくる。
「っひ」
再び掴まれた腕は、もう強く掴まれ過ぎてピリピリと痛んでいた。
「これを着て、俺に抱かれろ」
「これを着て……?」
後に続く言葉に、目を見開く。
「お前をずっと探していた。これを着て俺のものにする為に」
ぎりぎりと掴まれた腕に委縮しながらも、俺は漸く腕を振り回して抵抗することが出来た。
「は、離して下さい。おれ、おれは男です!」
両手を振って子供の様に暴れる俺を、立花さんは舌打ちして手を離した。
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