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三、思いがけない訪問者
仕事が終わったあと、俺だけマンションに帰すと立花さんは行き先も告げずにまた出かけて行った。
仕事場に連れて行ってくれるのは、――マンションで一日中一人でいるよりはマシかもしれないけど、ソファで甘いモノやお寿司を食べるだけですることもなくて暇だった。
この先、借金の額を思えば――もう美容師なんてできないだろうけど。
人と話しながら髪を切って、最後に喜んでもらえるあの充実した日々はもう戻らないのか。
あと、――大量の出前事件から三日。
あれから毎日お寿司なのはどうしてだろう。
そんなに俺は特上寿司に目を輝かしていたのかな。
食べさせて頂いているのだから、文句は言えないけど、ちょっとだけ疑問です。
『これ、買っておいたが、服はこれからも上の服だけだ』
漸く下着は買ってくれたので、スーツを脱いだ後はYシャツと下着で過ごせるようになった。
多分、下着を履かせてくれなかったのは俺を逃げないようにするためで、深い意味は無いんだと思う。
『今から少しだけ出かけてくるが、もし逃げようと少しでも考えたら、寝室のクローゼットの一番上を開けてみろ。その中身で、逃げ出さないように一日中縛り付けることもできるんだからな』
一人か二人、殺してそうな冷たい瞳でそう言われて、俺は今クローゼットの前に立っている。
恐る恐る中を開けると、黒い紙袋が入っていた。
「ひっ!」
急いで締めて、目をパチパチさせる。
今のは――嘘だ。きっと気のせいだ。
うん、俺は何も見ていない。
グロテスクな大人の玩具や、手錠や鎖、首輪なんて見てない。見てない見てない見てない。
でも何でこんなもの、用意してるんだろ?
「……」
いや、いや、うん。
酷い事をされたのは初日だけだし、俺は借金を返す意志はあるから逃げだそうとも思ってないし。
大丈夫。そんなに悪魔や鬼の様に酷い人じゃない、は、ず。
使うわけないよ。
使うわけ、ない。
「ひっ」
落ち着かせようとしていたら、インターホンが鳴った。
しかもロビーではなく、玄関から。
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