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六、言葉はくれない

side:愛沢 榛葉 今の状況を少しずつ、寒田さんが教えてくれた。 立花さんはもう信用しない。 翌日から、俺は菊地さんの助手、立花さんの秘書として立花不動産で働く事になった。 「愛沢くん、パソコンできるんだね。助かるよ」 「……訪問美容師していた時、売り上げからスケジュールまで全部自分で管理して提出してたんで」 「うんうん。しっかりしてるね。どんどん仕事任せるから宜しくね」 細い目を更に細めて笑う。 菊地さんは立花さんの身辺警護も任されているらしく、俺か立花さんかどちらかが移動するときは必ず側に居てくれる。 立花さんも彼を信頼しているのがよく分かった。 「あまり仕事を押し付けるなよ」 「社長に見張られる息の詰まるような時間より、仕事をしていた方が彼も楽ですよ」 菊地さんは立花さんに意見できる数少ない人物で、寒田さんのように優しく世話好きだった。 だから彼に仕事を教わる日々に不満はないし――彼の言う通りに気晴らしになっている。 仕事中は立花さんの事を考えなくて済むし。 命を助けてくれたのも、 無理矢理抱いたのも、 ストーカーから助けてくれたのも、 ――火事で莫大な賠償が出てしまったのも。 考えても考えても考えても、迷路から脱け出せない。 菊地さんは何も聞いても細い目を更に細めて笑うだけ。 詳しく教えてくれそうな人と言うと……寒田さんだけだった。 「榛葉くん、今日は中華にしてみましたよ」 「寒田さん……」 「ついでに部屋着とかパジャマとかも買ってみました」 「ありがとうございます。こんな……申し訳ありません」 品の良さそうな、ブランドロゴが入った服の紙袋。 こんな服着たこともない。 「どうせ優征は一緒に食べないだろうし、俺と食べましょう」 「はい」 「……あまり余計な事を言うなよ」 立花さんもそう言い残すと部屋へ籠ってしまった。

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