59 / 348
六、言葉はくれない
side:愛沢 榛葉
今の状況を少しずつ、寒田さんが教えてくれた。
立花さんはもう信用しない。
翌日から、俺は菊地さんの助手、立花さんの秘書として立花不動産で働く事になった。
「愛沢くん、パソコンできるんだね。助かるよ」
「……訪問美容師していた時、売り上げからスケジュールまで全部自分で管理して提出してたんで」
「うんうん。しっかりしてるね。どんどん仕事任せるから宜しくね」
細い目を更に細めて笑う。
菊地さんは立花さんの身辺警護も任されているらしく、俺か立花さんかどちらかが移動するときは必ず側に居てくれる。
立花さんも彼を信頼しているのがよく分かった。
「あまり仕事を押し付けるなよ」
「社長に見張られる息の詰まるような時間より、仕事をしていた方が彼も楽ですよ」
菊地さんは立花さんに意見できる数少ない人物で、寒田さんのように優しく世話好きだった。
だから彼に仕事を教わる日々に不満はないし――彼の言う通りに気晴らしになっている。
仕事中は立花さんの事を考えなくて済むし。
命を助けてくれたのも、
無理矢理抱いたのも、
ストーカーから助けてくれたのも、
――火事で莫大な賠償が出てしまったのも。
考えても考えても考えても、迷路から脱け出せない。
菊地さんは何も聞いても細い目を更に細めて笑うだけ。
詳しく教えてくれそうな人と言うと……寒田さんだけだった。
「榛葉くん、今日は中華にしてみましたよ」
「寒田さん……」
「ついでに部屋着とかパジャマとかも買ってみました」
「ありがとうございます。こんな……申し訳ありません」
品の良さそうな、ブランドロゴが入った服の紙袋。
こんな服着たこともない。
「どうせ優征は一緒に食べないだろうし、俺と食べましょう」
「はい」
「……あまり余計な事を言うなよ」
立花さんもそう言い残すと部屋へ籠ってしまった。
ともだちにシェアしよう!