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「そんな当たり前の事を」
立花さんは口角を上げて、凍えるような瞳で言った。
「俺はこいつを手に入ればそれで良い。こいつの気持ちなど今は知らない」
「――っ」
知っていた事だ。敢えて言われなくても分かりきっていたのに。
「だ、そうです。榛葉くん、これを」
寒田さんが俺の方を向いた瞬間にウインクしてきた。
全て計算通りだとでも言うような不敵な笑みを浮かべながら俺に1つの鍵を差し出した。
「奥のゆかりさんの形見が置かれている部屋の鍵です。後日寝具も用意しましょう」
「寒田さん……」
「貴方は優征の欲望の捌け口じゃありません。貴方はゆかりさんの『大切な人』なのだから」
大切な人。
大切な、……。
そんな事を言われて嬉しくないわけない。
「あの部屋を君が好きに使いなさい。ここで貴方が貴方を守るんですよ」
「ありがとうございます……」
涙を堪えてへらりと笑うと寒田さんが表情を和らげた。
「やっと貴方の笑顔が見れました」
寒田さんが俺の頭を優しく撫でてくれたのを、立花さんは無表情で見ている――気がした。
怖くて立花さんの顔なんて見れないから、確かめようがない。
「優征は支配するんだから、榛葉くんに笑えって命令でもしてるのがお似合いですね」
皮肉を込めた辛辣な言葉に、立花さんが壁を殴りつけると寝室の扉を乱暴に閉めた。
寒田さんはまだ呆れたような表情をしていたけれど、立花さんの事をよく理解していて、ギリギリの駆け引きなんじゃないかと思えた。
(シャワーでも借りて早く部屋に逃げてしまおう)
俺が本来、立花さんに言えたら良いのだけど、言えるはずもないから寒田さんが代弁してくれているんだ。
そんな自分が嫌になる。
自分の今、居る位置が不安定過ぎて。
俺は多分今、立花さんを憎むことでしか自分の心の平穏を保てないんだと思う。
憎むのに、怖いから命令には逆らえない。
自分の弱いこの心が一番嫌いだ。
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