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第143話

それまでずっと俺を背に隠していたのに不意に隣に引っ張ると、肩を抱いて不敵に笑う。 「お前なんかに土下座してこの場を収めるのは簡単だ。それが正解かもしれんが、俺はしない」 「――は?」 「こいつは、どうやら……俺の一部らしい。だから、お前なんかから守れないなら俺が死ぬのと同じ。お前ぐらいのやつにいちいち土下座してたら、こいつを征服してまで手に入れようとした自分が弱く見える」 俺が立花さんの一部? いつも無口で、一言、二言しか喋らないような立花さんは饒舌に語っている。 饒舌なのは、機嫌が良いからではなくて――きっと静かに怒っているんだと思う。 「既に、香港での密売ルートはリューが凍結させた。今、俺の目の前にいるのは、あとは野たれ死ぬだけの、クソ老いぼれ野郎だ。何の価値も、媚びる必要もない。残念だが、俺に土下座して靴にキスするのはお前だ」 立花さんの言葉に佐之助さんは動揺しない。 周りの黒服たちがお互いに顔を見合わせても、銃口を立花さんに向けたままだ。 「お前、敵は全て消して行くのは、守る方法としては正解じゃねえんじゃなーか」 「生憎、その場凌ぎの愛想笑いも命乞いも興味無くてな」 銃口を向けられてもその余裕は一体何処から湧いてくるんだろう。 今すぐにでも、頭を打たれるぐらいなら――俺なら土下座ぐらいしちゃうんじゃないかな。 俺は、立花さんが今までどんな環境でどんな子供時代を過ごしたか知らない。 立花さんだって多くを語ってくれなかったし。 でもこうやってずっと今まで生きて来たんだとすると、立花さんを形成する過去がきっと暗くて冷たくて楽しい時間ではないことが感じられた。 「ふふふ。ははははっ」 佐之助さんが拳銃を下ろすと天井を向いて高々に笑いだした。

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