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第240話

「ケーキを切る包丁、ないですよね」 「あ? ケーキを切るようの包丁なんざあるのか」 うちに包丁やまな板、調味料が置かれるようになって来たのは最近だ。 包丁にそんな種類があるのは初耳だった。 「……あるんです」 拗ねたような言い方が、思わずテーブルに組み敷きたいほど可愛かったがぐっと押さえた。 「普通の包丁でも切れますよ。ちょっとだけ、刃を温めるとケーキって切りやすくて。わあ! 美味しそうな苺のケーキです!」 「苺は好きか」 「はい。苺ミルクを作ると美味しいですよ」 にこにこと笑ってくれる榛葉に――内心では胸を撫で下ろしていたがそれでは駄目だと、腫れた目元を指先で触れた。 「すまん。今朝は泣かせてしまった」 榛葉は目を見開いた後、じんわりと目を細めて穏やかに笑う。 「この涙は立花さんだけじゃないんですが、でも傷付きました」 「……お前の気持ちは、その、――俺を好きだと言うには余りに不自然な――」 いつもの自分らしくないしどろもどろな言い訳をしそうになり、口を噤む。 そんな情けない自分の姿だけは晒したくない。 だが頭ごなしに冷たく言っても榛葉を怖がらすだけだし。 「す、座っていいですか?」 早くケーキを待ち切れないのか榛葉がそう言うので頷くと、手を引っ張られた。 次は俺が驚く番だった。 座らされた俺の膝の上に榛葉がすとんと座って来た。

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