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第275話

天地がひっくり返るだの菊池さんは相変わらず酷いことを楽しげに言っている。 彼の、爽やかに笑いながら毒を吐く、優しい紳士スタイルの発言が久しぶり過ぎて懐かしい。 「あの、佐之助さんからカットの予約が入ってるのですが」 『どんな面してお願いしたんでしょうね。――もう長くないのに』 「え?」 『いいえ、榛葉君が気にすることはないんですよ。ただの肺癌です。転移しまくってもう手術も無駄なぐらいの。お酒も煙草も好きだったのだから仕方ないことです』 「そんな」 彼には酷い思い出しかないけれど、でも――そんなことを聞いてしまったら胸が痛む。 『貴方は気にしないでください。私がきちんと断っておきますから』 「……はい」 『立花さんの予約は大丈夫ですか? 彼も一年で73歳まで歳を取ってしまったようですので、家にいくことになりますよー』 菊池さんのその言葉に笑おうとして、声が消えていく。 駄目だ。彼のこの依頼はまだ何か罠かもしれないし。 もう関わらないって向こうから言ったはずだし。 『あの――ゆかりさんのお屋敷にいらっしゃるんですよね?』 なのに、俺はまた馬鹿な発言をしてしまったんだ。

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