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第292話
「もう。せっかく着たのに乱れちゃったじゃないですか」
「お前っ」
「紅は終わってから貴方に拭いてもらいますので。行きますよ、佐之助さんの所へ」
着物の乱れを直し、呆気にとられている立花さんを見た。
そんな顔も出来るなんてますます素敵だ。
「くそう。だが、合意は得たからな」
「好きにどうぞ」
紅を再度唇に引いたら、立花さんは諦めたように手で顔を隠した。
佐之助さんは、全身に転移した肝臓癌で、もう体力もない上に手術は不可能。
おまけに、2,3日前から記憶が曖昧で軽い認知症になっていた。
「本当に――無様な最後ですね、貴方って」
眠った佐之助さんの額に口づけると、菊池さんは布団をかけ直してあげた。
彼は呆けた頭でも、最後の願いはきちんと言えた。
『あの家でゆかりさんに看取られたい』と。
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