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第5話

黒い鎌のような形へと変化した傘を持ちながら兎耳山は真っ赤に充血した目を此方へ―――いや、正確には猫山の方を重点的に向けたまま覚束ない足取りでゆらり、ゆらりと体を揺らしつつ歩いてくる。 肝心の猫山は相変わらず飄々とした表情を浮かべながら、いきなり日常の光景から非日常の光景へ巻き込まれ混乱し怯えきっている俺とは裏腹に言葉をブツ、ブツと小声で呟いているが―――その内容は、よく聞き取れない。 怯えきっている俺に更なる恐怖を与えるのが楽しみだ、といわんばかりに目の前にじわり、じわりと迫りくる兎耳山の異様な様子を見たせいで無意識の内に目線を斜め上に移動させてしまった俺は―――ある異変に気付いた。 先ほどまで猫山によって黒板に描かれていた《魔法陣》みたいなものが、いつの間にか消えているのだ。 グイッ…… 「わっ……な、なにっ…………!?」 「有栖川……私の唇に……お前の唇を押し付けろ……軽くでもいい……っ……」 「は……っ……な、なにを言ってるんですか?」 「良いから早くしろ……っ……これはお前からしないと効力がない魔法なんだ……っ……それともお前はあのキラーラビットになった兎耳山から餌にされてもいいのか……っ……?」 (そ、それは……嫌だっ……この状況は意味分からなくても……それだけはいえる……っ……こうなりゃヤケクソだ……っ……) 「……んっ…………んむっ……」 「…………」 キスしてる時くらいは目を閉じろよ―――と、そんな見当違いの事を思いつつも、俺は猫山の言う通りにした。すると、今まで消えていた筈の魔法陣が黒板にボンヤリと浮かびあがる。 その直後、唐突に―――胸部に凄まじい衝撃が走った。 それも、その筈だ―――何故ならば、目の前で先ほどまでキスをしていた筈の相手である猫山から刃物で左胸を突き刺されたのだから―――。 「これで……お前は私のペットだ―――向こうの世界でも主人の言う事をよく聞くんだぞ?」 「……っ…………」 最後の最後に日常の世界で俺が目にした光景―――それは、ナイフのように姿を変えた赤いチョークを手にしながら初めて愉快げに微笑みかける猫山の姿だった。 そして、この世界での―――俺の意識はブツンッと音をたてるように途絶えた。

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