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第2話

僕は宮川警部を恋愛の対象として好きだっていうのか…? まさか。僕はホモじゃない。 そりゃ宮川警部を人間的に尊敬してはいるけど…それに素敵な人だし人間的に好きだけど…いやそれでも…。 半透明な世界にたった1人で有希は悶々と考え続けていた。 ピーッピーッ 規則正しい音が真っ白い病室に響いている。 まだ目覚めないか…見舞いに来た宮川龍之介は眉を顰める。 医者の話によれば傷も完治に向かっていて外傷的にはもう目覚めてもおかしくないそうだが、目の前の無邪気な、そして正義感に溢れたこの男は目を覚ます気配がない。 あの日…もう一週間も前だが藍染は逆上した高山が撃った銃弾を俺をかばってその身に受けた。 すぐに俺は高山に接近し蹴り上げて確保した後藍染を救急車に乗せたがその時既に意識はなく腹部からドクドクと血を流していた。 チリっとした焦りが胸を刺す。 もしこのまま目覚めなかったら…? 無論かばえと命じたわけではないので所詮自己責任だ。 しかし俺も責任を問われるだろうな。 そう考えていると心の何処かで「そうじゃない」と声がした。 しばらくしてふっと俺は気づいた。 この男がこのまま目覚めないことが堪らなく怖いのだ。 何故かはわからないがどうしようもなく恐怖に襲われる。 なぜだ?思い返しても特に有能だったわけでもない。 ただ、非番の日に現場に遭遇し高山を取り逃がし被害者を出してしまったあの夜、泣いていた正義感の強さやいちごオレを渡した時(多分有希の好物なのだろう、彼はいつもこれを飲んでいる)の少し嬉しそうな顔と控えめに言った「ありがとうございます」が可愛いさとかそんな部分部分の印はあったりする。 それに食らいついたら離さずに被害者の共通点を見つけたりと警察官として優秀な部分もなくはなかった。 …可愛い?俺は藍染を可愛いと思ってるのか? さっきから藍染に関して答えの出ない自問を繰り返している気がする。 結論として、そろそろ勤務時間が迫っているのでこの場で一旦気持ちを整理し区切りを付けておこうと心のなかで締めくくる。 俺は藍染のことが気になる。それが今持てる全てだ。 早く目覚めろよ。俺を庇うなんて今後一切するなって説教しなくちゃなんねえからな。 俺は藍染に傷ついてほしくない。いや待てなんで傷ついてほしくないんだ? 夢の中の有希と同じ状況になっているとはつゆ知らず結局気持ちの整理が出来ないまま警視庁に向かう宮川だった。 好き…僕は宮川警部が好き。 小声で繰り返していて心にストンと落ちてきた。 さて…やっと心を落ち着けてあたりをもう一度見回す。 こんなにも考え事をしていて時間もたったと思ったが本当に一体ここはどこなのだろう? この想いが叶わなくとも警部を見続けたい。 それが無理ならひと目だけでも見てパートナーを解消したい。 会いたい。 強い気持ちが有希の意識をとろけさせる。 ふっと意識が落ちるような感覚がして次に目を開けた時有希は真っ白い病室にいた。 ここはどこだ…? 声を出そうとしても喉がカラカラで出てこないし酸素マスクをしているしなんだからいろいろなコードが自分から機器へ伸びている。 身体をゆっくりと起こしてみる。 どうやら少しではない時間眠っていたらしく動きづらい。 枕元のテーブルにある時計のカレンダーはあの事件から1週間と2日が経過していることを告げていた。 タイミングが良いのか悪いのかドアがガラッと開き誰かが入ってきたのが分かった。 眩しくて薄目だったので誰が来たのか分からず目を凝らすとそれは 「宮川警部…?」 人影は少しビクッとしたがその後安心したように少しだけ口角をあげた。 「目が覚めたのか。良かった。…あの日」 少し間をあけた宮川はすぐに事件の説明をしてくれた。 「藍染が俺を庇って撃たれたときその瞬間は銃の反動で高山の動きが最小限に制限されていた。だからそこを蹴り上げて確保した。今はもう送検…いやもう起訴だな。されているところだ。改めて礼を言う。庇わせるつもりはなかったが…ありがとう」 冷静沈着でいつもどおりの声ながら真摯に思ってくれていたことが伝わり有希は泣きそうになる。 溢れ出れそうになる好意を押し隠しながらまだうまく動かない首を少し傾けて会釈をする。 「これにて連続殺人事件は解決した。少々のリハビリをやればすぐ動けるそうなので藍染が動けるようになったら上に事件をしっかりと報告して報告書を提出してコンビ解消だ。ご苦労様、藍染のおかげで助かった」 淡々としているが微かに笑顔を浮かべた宮川警部は眩しくて…口にした内容が切なくてついに有希は涙を零した。 「藍染?大丈夫か?どこか痛むのか?」 キリッとした顔から一転心配そうな顔になる宮川警部。 宮川警部はどんな顔をしていてもかっこいい。 僕を心配してくれてるのがたまらなく嬉しい。 そろそろ終わりになるこの関係がたまらなく愛おしい。 もう二度と組めないであろう…会えないであろう事実が心を締め付ける。 それでも有希は無理に笑顔を作って 「ありがとうございました。とても貴重な経験が出来ましたし宮川警部と一緒に仕事ができて良かったです。すぐリハビリをして報告に参ります」 と言った。それから有希は少し躊躇っておずおずと小さな声で宮川警部を呼んだ。 「コンビ解消の夜、一緒に飲みに行きませんか?イタリアンでもフレンチでも僕が予約しますから」 一瞬困惑したようだったが宮川は特に何でもなさそうな顔であっさりと頷いた。 僕恋愛対象なんて思われてないんだろうな…という当然な気持ちが湧き上がり寂しくなったがとにかく宮川警部と食べに行けるんだから喜ぶべきだ。 「ありがとうございます!特に希望がなければ僕が店予約しちゃいますね」 軽く微笑んだ宮川がすぐに焦ったような顔をしてナースコールを押した。 長く眠っていた病人が目覚めたのだからナースコールを押さなければいけないのにお互いに忘れていたのだ。 それが可笑しくて2人で吹き出してしまう。 「藍染があまりにも普通だったから喋り続けてまった。身体を大事にな。俺はもう行く」 そう言って宮川は看護師と入れ替わるように病室を出ていった。 残された有希の頬には涙が伝っていた。 その日から有希は上層部への報告に向けて、宮川との日々の終わりへと向けて必死にリハビリをした。 医者の言ったとおり特に後遺症もなくすぐに有希は復帰した。 そして今、宮川が隣を歩いている。 先程上層部への報告と報告書の提出を終わらせてきて2人は並んで有希が予約したフレンチレストランに向かっていたのだ。 深みのある内装と緩やかな音楽が雰囲気を盛り上げている。 すぐに席に通されたものの有希はメニューが読めずに少し慌てる。 しかし宮川はどこ吹く風といった感じで外国語、おそらくフランス語で書かれているであろうメニューを読んで注文してくれた。 改めて宮川警部が好きになるがこの気持は一生蓋をしておかなければいけない。 宮川警部と有希は今日をもってお別れするのだ。 宮川警部はまた違う誰かとコンビを組んで鮮やかに事件を解決していくのだろう。 そう思うと少し心が痛い。 少し俯いていると食前酒が運ばれてきた。 白ワインから薫り立つまるでお別れなど来ないのだと言わんばかりの涼やかな香りが鼻孔をくすぐり、その香りに後押しされるように有希は今だけは迫り来る別れに気を向けないことにした。 今はただこのかけがえのない時間を、食事を楽しもう。 非道な恋の神様だってそれくらいは許してもらえるだろう。

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