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第1―3話

そして28日、仕事納めの午前中。 井坂はまたフラリと社内を歩いていた。 まずエメラルド編集部に行ってみる。 皆、テキパキと仕事をしている様子に満足する。 「エメ編はいつも活気があっていいな~!」 井坂はニコニコと高野のデスクに近付く。 「高野は健康ランド、出席でいいんだよな?」 「行きませんよ」 高野が素っ気無く答える。 「えー!?何でだよ!あんなに盛り上がったじゃねーか!」 「盛り上がったのは飲み会です。 健康ランドとは別です。 とにかく自分は行きませんから」 「…えぇー…」 井坂はあの盛り上がりようでは、全員参加してくれると確信していたので、断られるとは想像もしていなかった。 ガックリと肩を落とし、次に羽鳥のデスクに向かう。 だが羽鳥にも行かないと断られてしまう。 木佐にも行かないと断られる。 美濃は井坂と目が合うとにっこり笑って頷いてくれたが。 事情を知らない小野寺だけは、そんな井坂とエメ編のみんなを不思議そうに見ている。 井坂はエメ編を出るとジャプン編集部に向かう。 そうだ!桐嶋だったら絶対行ってくれるはず!! しかし井坂の希望は打ち砕かれる。 桐嶋にも行かないと断られてしまったのだ。 井坂は社長室に戻ると、どうしようかなあ、と考えた。 美濃は行ってくれるらしいが、美濃には別の使命があったのだ。 それも台無しだ。 天才トレーダーで風俗王のあいつにも、今更リサーチ出来なくなったなんて言うのもなあ…。 井坂がため息をつくと、朝比奈が「龍一郎さま、どうかなさいましたか?」と言いながらデスクから立ち上がる。 「朝比奈~、聞いてくれよー。俺の計画が…」 井坂がそこまで言いかけた時、スマホからメールの着信音がした。 井坂がデスクに放り出してあったスマホを掴む。 そのメールを読んでいる間にも、次々とメールが届く。 井坂がニンマリと満足気に笑う。 「龍一郎さま?」 朝比奈が心配そうに井坂に近付く。 井坂は「やったぜ!朝比奈!」と雄叫びを上げながら朝比奈に抱きつこうとして全力で拒否された。 その日の午後2時を過ぎた頃、エメラルド編集部に来ていた桐嶋を交えて、高野のデスクに羽鳥と木佐が集まっていた。 「ハッテン場のリサーチなんか行くわけないじゃんねー」 木佐がやれやれといった感じで言う。 「そうだよな。 もし行ったとしても、この面子に恋人とのあれこれを晒すのか? いくら何でも嫌だろう」 桐嶋も頷く。 「俺も同感です。 恋人の裸を見られるのすら嫌です」 羽鳥も眉間に深く皺を寄せる。 「まあこれが社員旅行とかっつーならまた違うだろうけど、ハッテン場のリサーチだもんなー」 高野も面倒くさそうに言う。 「まあたまには井坂を困らすのもいいんじゃねーか?」 桐嶋が言って皆が笑う。 すると「あの…さっきから何をお話しされてるんですか?」と遠慮がちな声がした。 小野寺が高野のデスクから少し離れたところで、もじもじと立っている。 木佐がパッと小野寺に駆け寄り肩を抱く。 「ごめん、ごめん。 律っちゃんを仲間外れにした訳じゃないんだよー。 もうさ、くっだらない話してただけ! 上司の愚痴だよ、愚痴!」 「上司の愚痴…? 高野さんのことですか?」 「小野寺テメー仕事納めに残業させるぞ」 高野に凄まれて小野寺が慌てて言い返す。 「で、でもっ上司って言ったら…」 「ま、いーや。今夜空けとけ。 帰りメシ食って帰るから」 「なっ…勝手に決めないで下さいよ!!」 「なに?仕事納めの日に上司とお疲れ様って食事する気遣いもねーの? お坊ちゃまは」 ピキピキピキ…。 小野寺の額に青筋が走る。 すると桐嶋が「あ、俺営業部にも行くんだった」とエメラルド編集部を出て行き、木佐はそそくさと自分のデスクに戻るとメールを打ち、羽鳥は廊下でスマホから電話を掛けている。 どうやら高野と小野寺の毎度のやり取りに刺激されたようだ。 こうして丸川書店は1年の仕事を終え、正月休みに突入するのだった。

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