「ゆっ雪名！いい加減離れろよ！」 「木佐さん…俺寂しいです…」 「分かった！分かったから！！」 何度も繰り返される同じ台詞。 木佐は雪名の腕の中で、雪名の帰省の見送りに来たことを本気で後悔していた。 その時、札幌行きの最終便の搭乗を促すアナウンスが聞こえた。 雪名がそっと木佐を包む腕を解く。 「じゃあ、行ってきます」 雪名の寂しそうな伏し目がちの顔。 ズッキューン。 木佐の心臓が撃ち抜かれる。 真っ赤になって、それでも木佐は雪名にキッパリ告げる。 「たった４日だろ！ 元旦の最終便で帰ってくんだろ！ またここで待ってるから！ お前と二日から正月やるんだから、元気で行って帰って来い！」 雪名が綺麗な顔を崩して笑って「はい！」と答えて、木佐の髪にそっと触れると振り向き歩き出す。 木佐も雪名に背を向け歩き出す。 くっそ… そうだよ、たった４日だよ いつもは三が日は実家で過ごす雪名が、俺とも正月を過ごしたいって無理して元旦の最終便で帰って来てくれるんだ… 俺が寂しくなってどうする 今までだって仕事で一週間以上会えなかったのもザラだろ 三十路のおっさんがこんなことで涙出るとかありえねー！！ 木佐が立ち止まり目をゴシゴシと擦ったその時。 「翔太さーん！二日に初詣行く約束忘れないでくださいねー！」 雪名の声に反射的に振り向く。 雪名はエスカレーターに乗りながら、満面の笑みで手をぶんぶん振っていた。 周りの人々の視線を一身に浴びながら、薔薇の花を背負った少女漫画の王子様にも負けないキラキラオーラを振り撒いて。 木佐は胸元でちょこっと手を振る。 そうして雪名の姿は見えなくなって行った。 だが木佐は涙まで滲んだ寂しさは、もうどこかに吹き飛んでいた。 雪名の言葉。 『二日に初詣行く約束忘れないでくださいねー！』 初詣！二日の初詣！！ 「よっしゃー二日は楽しむぞ～！」 木佐はうきうきしながら羽田空港を後にした。 「今年もお疲れ様、横澤」 「桐嶋さんこそ、お疲れ様」 桐嶋と横澤は微笑み合い、グラスをカチンと合わせる。 ここは銀座の鰻屋。 店構えは小さいが、老舗で半年先まで予約が取れない知る人ぞ知る名店だ。 横澤はまず半年も前から桐嶋が、二人で仕事納めを祝おうとしてくれたことに感動してしまった。 そして明日から休みのせいか、リラックスしている桐嶋は本当にカッコいい。 ついつい見とれてしまう。 二人で鰻のコースをゆっくりと食べながら、正月休みのスケジュールを確認する。 横澤は大晦日には実家に帰らなければならないので、明日、明後日で桐嶋宅の大掃除を済まさなければならない。 横澤が口を開く。 「あんたも疲れているだろうから、明日の掃除は午後からにしよう。 ３０日に朝から頑張れば充分だ」 「……そうだな」 桐嶋は俯いて手の中のグラスを揺らす。 カランと氷の音がする。 「…どうかしたか？」 桐嶋が突然静かになって、横澤が焦る。 「なあ、横澤」 「何だ？」 「三が日、実家にいないと、やっぱりマズイか？」 「何だ？何かあるのか？」 「いや…大したことじゃねーんだが、うちも基本三が日は実家で過ごすだろ？ それで二日に朝から泊まりがけで来る親戚がさ、ちょっと面倒くさい相手で…」 「ひよが苦手とか？」 「いや、ひよはそこの家の子供達とは凄く仲が良くて、毎年会うのを楽しみにしてる。 その母親がな…。 俺より少し年上なんだが、今どき珍しく世話好きっていうか仲人好きっていうか…」 「あー…そういうことか」 横澤が納得し頷く。 桐嶋と日和が以前結婚式に出席した際にも親戚に、桐嶋本人は勿論、日和にまで桐嶋の再婚をしつこく勧められたのだ。 「まあひよにまであれこれ言うような人じゃないんだが、その分こっちに集中攻撃だ」 桐嶋は苦笑してグラスに口を付けると続けた。 「だから二日の日はちょっと抜け出したいと思ってさ。 お袋に相談したら、だったら二日はいなくてもいいって言ってくれて。 だからお前と過ごせないかなって」 桐嶋がチラリと横澤に視線を移す。 その大人の男の色気を含んだ眼差しに、横澤がパッと赤くなる。 「……そ、そうか。正月早々そういう話で一日中攻められるのも辛いよな…」 「分かってくれるんだ？ 嬉しいな」 桐嶋が今度は子供のような微笑みを浮かべる。 横澤の頬がどんどん熱くなる。 「…隆史…」 桐嶋に低い美声で囁かれて、横澤は自分の負けを知る。 「わ、分かったよ！ 俺だっていい歳した大人なんだし、一日くらい家にいなくったって何とかなる。 二日はつ、付き合ってやるよ！」 「横澤、悪いな。ありがとう」 桐嶋がにっこり笑って、横澤の胸がドキリと跳ねる。 「べ、別に…」 横澤は視線を泳がせ、ギクシャクと料理に手を伸ばす。 桐嶋は笑顔のまま、そんな横澤を甘く見つめて 「二日は一緒に初詣に行こうな」 と楽しそうに言った。