羽鳥は桐嶋より先に、桐嶋が大浴場の入り口に立ったのに気付いていた。 羽鳥は腕の中でグッタリしている吉野を見て安堵の息を吐く。 吉野と羽鳥が達して、シャワーで泡だらけの身体を流した直後に桐嶋が現れたのだ。 さて、どうするか。 桐嶋の性格ではこの状況を逆手に取って、自分のやりたいことを実行するだろう。 そのくらいの頭の回転の早さと行動力と度胸がなければ、ジャプンの編集長など務まらない。 だが、ここで天は羽鳥に味方した。 桐嶋が振り返って誰かと話し出したのだ。 たぶん横澤だと思うが、そんなことはどうでもいい。 羽鳥は吉野を抱き上げると、『やりたいことリスト』を実行する為に足早に歩き出した。 木製の扉を開けて入った所はミストサウナ。 ミストに含まれる薔薇のアロマがかぐわしい。 羽鳥は吉野をタオルが敷かれた三段ある座る場所の一番下に座らせると、「ちょっと待ってろ」と言い残しミストサウナを出て行った。 大浴場の出入口では素っ裸の桐嶋を中心に高野・木佐・小野寺が腰にタオル一枚を巻いた姿で新年の挨拶を交わしている。 桐嶋の後ろには、やはり腰にタオル一枚を巻いただけの横澤もいた。 羽鳥は出入口と反対方向にある自販機に向かうと、500ミリリットルのペットボトルのミネラルウォーターを二本買い、そそくさとミストサウナに戻る。 吉野は背もたれに凭れてボーッとしている。 「吉野、喉は乾いてないか？ 水、買ってきたぞ」 「…平気。つかここ何？」 「ミストサウナだ。 サウナでも４０度くらいしか無いし、ミストが降り注いでいるから息苦しくも無いだろう？」 「ふーん…良い匂いもするなあ」 「薔薇のアロマのミストなんだよ」 羽鳥はそう言った途端、吉野を抱きしめ唇を塞いだ。 「ンッ…んん…んー…ッ」 羽鳥の舌が縦横無尽に吉野の口腔を舐め上げる。 羽鳥はまるで飢えた獣のように、激しく舌を絡ませ、時には吉野の舌先を甘噛みしてくる。 頭の後ろを抱え込まれ顔を固定されつつも、最初は抵抗していた吉野も段々と身体から力が抜けてしまう。 キスだけでぐずぐずになってしまう吉野に、羽鳥は満足そうに唇を離すと今度は首筋に齧り付く。 「な、に…も…やめ…」 吉野が唾液で濡れた唇でたどたどしく言う。 羽鳥が吉野の耳元で囁く。 「吉野、俺が年末から今日までどれだけ我慢したと思ってるんだ」 「え…」 「お互いバタバタと忙しくて何も出来なかっただろう。 だから…」 羽鳥が突如として吉野の胸の突起に吸い付いたかと思うと、激しいキスで緩く勃ち上がった吉野の雄をぎゅっと掴む。 「ひゃっ…トリ…やだっ…」 吉野の抗議を無視して、羽鳥は切れ長の瞳を野性的に輝かせて吉野を見上げ、ウットリと告げた。 「今日はお前を空っぽにして、俺の全てを注ぎたい」 吉野がカーッと赤くなる。 「おま…何言って…」 「いいだろう？姫始めだ」 「ひっ姫始めって…ここでかよ！？」 「ミストサウナだけじゃない。 この大浴場を使えるだけ使ってだ。 こんな機会めったにないんだから」 「やだやだやだ！！やっ…ぁあッ」 羽鳥がまた吉野の乳首に吸い付いた。 横澤は上機嫌で桐嶋の背中をバスリリーで作った泡で覆っていた。 「横澤、掌で押す様に洗ってくれるか？」 「ああ。これくらいでどうだ？」 「もうちょっと強めで」 「分かった。結構凝ってるんだな」 横澤が上機嫌なのは勿論理由がある。 桐嶋と横澤と高野達との、とんでもなく恥ずかしい新年の挨拶を交わした後、桐嶋と横澤はさっと身体を洗って湯に入ろうということになった。 桐嶋が巨大なピンクのバスリリーを渡してくれる。 横澤は少女漫画でバスリリーを知ったが、自分で使おうとは全く考えもしなかった。 だが桐嶋宅に出入りするうちに、横澤が自分用にと浴室に持ち込んだナイロンタオルを日和に見つかり怒られたのだ。 「お兄ちゃん！ナイロンタオルは色素沈着するかもしれないんだよ！？ お肌にシミが出来たらどうするの！？」 桐嶋は腹を抱えて大爆笑していたが、横澤は余りに驚いて、頬を赤くしてナイロンタオルを握り締めて仁王立ちになっている日和に「…すまん…」と小さく謝った。 まだ１０才の日和の口から『色素沈着』だの『シミ』などの言葉が出てきた衝撃。 今時の小学生はすげー進歩してるんだな…。 しかも日和は翌日、自分とは色違いのバスリリーを横澤にプレゼントしてくれたのだ。 こうなったらナイロンタオルは捨てて、バスリリーを使わない訳にはいかない。 その夜、桐嶋に抱かれながら 「ひよはお前の肌にシミが出来るのがよっぽど嫌なんだな。 俺もひよに大賛成だ」 とうきうきと囁かれたのも忘れられない。 『暴れ熊』と会社で呼ばれている自分が、１０才の女の子にお肌のケアを心配される日が来ようとは…。 そんなこともあり、今日もごく自然にバスリリーを使って身体を洗っていたが、横澤は用心していた。 エメ編の連中と関係者がいるからと一旦は安心したが、桐嶋が何もしてこない保証は無い。 だが、桐嶋は横澤の予想に反して、楽しそうにバスリリーでモコモコの泡を作り、自分の身体を洗っているだけだ。 横澤はそんなことはしてくれなくていいと拒否したが、強引に背中を流してくれた時も、普通にモコモコの泡で背中を洗ってくれただけだった。 横澤は「もういいよ。サンキュ」という桐嶋の言葉を聞きながら、改めて安心していた。 やはりいくら桐嶋だってエメ編の連中と関係者がいる中で、アレコレする気は起こらないのだろう。 桐嶋と横澤がシャワーで泡を洗い流すと、桐嶋が言った。 「ここミストサウナっつーのがあるんだが、入ってみないか？ 普通のサウナの半分以下の温度で入りやすいし、アロマミストが相当気持ち良いらしいぞ」 「へえ、そんなのあるんだ。 入ったこと無いな」 「低温の割に意外と汗も出て、お肌がツルツルになるって女性に評判らしい。 何かの話のネタにもなるだろ」 「そうだな。入ってみるか。 ひよに知られたら、むくれて大変だろーなあ」 「ひよには絶対秘密だな」 桐嶋と横澤が談笑しながらミストサウナの扉を開け、中に入ると。 小柄で細く白い身体に覆いかぶさっている羽鳥がいた。