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第1―13話
羽鳥は桐嶋と横澤に爽やかに微笑みかけると、光の早さで羽鳥が覆いかぶさっていた小柄な男を自分に凭れかけさせ、自分とその男の腰にタオルを巻いた。
「桐嶋さんと横澤さんもリサーチにいらしてたんですか?」
さっきの光景が嘘のような、正に水も滴る良い男が笑顔で訊く。
桐嶋は全く動じず羽鳥の横に一人分空けて座ると「そうなんだよ、色々あってな」と、大人の色気満載の表情で答える。
横澤が扉の前で固まっていると桐嶋が声を掛けた。
「横澤、どうした?
お前も座れよ」
確かにこの状況で、ひとり突っ立っているのは不自然だ。
横澤はギクシャクと桐嶋の隣りに座った。
すると羽鳥が礼儀正しく頭を下げて、
「桐嶋さん、横澤さん。明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします」
と言った。
桐嶋は笑顔で羽鳥の肩をポンポンと叩くと「こちらこそ。今年もよろしくな」と返している。
横澤も挨拶を交わした方が良いのは、分かり過ぎる程、分かっている。
だが、言葉が出ない。
羽鳥に凭れかかる男に視線が釘付けで。
よよよ吉野さんじゃないか!!
羽鳥と吉野さんは幼馴染みだ。
羽鳥がリサーチついでに、健康ランドで遊ぼうと吉野さんを誘うのはおかしく無い。
だが!!
さっきの光景は明らかにおかしいだろ!!
羽鳥と吉野さん…吉川千春大先生は幼馴染みを越えた関係なのか!?
しっしかも…わざと見ようとしている訳では無いが目に入ってくる吉野さんの身体が…。
乳首は赤く腫れ上がってるし、真っ白な身体にはキスマークが散っている…。
「トリ…」
吉野が真っ赤な顔で俯いたまま羽鳥を呼ぶ。
羽鳥がやさしく吉野の肩を抱く。
「桐嶋さん、こちらは俺の幼馴染みの吉野です。
一人でリサーチに来るのも何なので、誘ったんですよ。
人見知りなもので…すみません」
「そうだよな。一人でリサーチってちょっとな」
桐嶋が苦笑して続ける。
「だから俺も横澤を誘ったんだよ。
吉野さん、初めまして。
羽鳥と同じ丸川書店に勤めている桐嶋といいます」
「は、初めまして…」
吉野の蚊の鳴くような声。
桐嶋が肘で横澤をつつく。
「何、黙り込んでるんだ?
お前も挨拶くらいしろよ」
「あっ、うん!そ、そうだよなっ。
羽鳥、明けましておめでとう。
今年もよろしくな。
よ、吉野さん、お久しぶりです。
営業の横澤です。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
吉野が黙って小さく頭を下げる。
桐嶋が驚いたように、横澤と吉野を交互に見る。
「何だ、お前吉野さんと知り合いなのか?」
「い、いや!単なる顔見知り程度だ!
羽鳥と吉野さんが一緒のところに偶然会って。
なっ!羽鳥!」
羽鳥がにっこりと笑って「そうですね」と答える。
「…ふ~ん。
そんな話、聞いてないけど」
桐嶋が意味ありげな目で横澤を見る。
横澤が桐嶋の視線を避けて下を向く。
「た、大した事じゃ無かったし…」
すると桐嶋は、今度は視線を吉野に移した。
「それにしても吉野さんは本当に華奢なんですね。
肌も真っ白で…手足がすんなりと細くて長くて、まるでまだ少年みたいだ。
俺達みたいなデカイのに囲まれると、圧迫感みたいのありませんか?」
身を乗り出して穏やかに訊く桐嶋に「ありません!」とキッパリ答える。
羽鳥が。
桐嶋は笑いながら「そうか」と言っているが、横澤は嫌な予感がする。
吉野はその気が無い人間が見ても、頼りなく、保護欲や庇護したい気持ちを掻き立てるような雰囲気を持っている。
羽鳥も仕事の上でもその気持ちを隠していない。
吉川千春の作品に全身全霊をかけている。
そして吉川千春を守る為なら何だってする。
仕事でもそうなのだから…プライベートは…?
そして吉野に覆いかぶさっていた羽鳥と吉野の身体の跡。
桐嶋の発言は地雷ではなかろうか…?
横澤がそこまで考えついた時、突然羽鳥が腰に巻いていたタオルを取り去り、吉野の肩に掛けた。
吉野はキョトンとされるがままになっている。
すると羽鳥が身を乗り出し横澤に微笑みかける。
「横澤さんを『暴れ熊』なんて呼んでるヤツらに、今の横澤さんを見せてやりたいです。
スーツを着てると分かりづらいですけど、身体のラインが綺麗ですよね。
それに肌も綺麗だし。
そうしてると普段のイメージと違ってかわいらしいし…」
「そうだろ。ありがとな」
意気揚々と答える。
桐嶋が。
そして桐嶋も突如として腰のタオルを取り去り、横澤の肩に掛ける。
「ちょっ…桐嶋さん、何すんだよ」
「いいから、掛けとけ。
なあ、羽鳥」
桐嶋が素っ裸で腰に手を当て、立ち上がる。
「俺の横澤を褒めてくれるのは嬉しいが、いやらしい目で見るのは止めてくれないか?」
桐嶋の鋭い声がミストサウナに響き渡る。
『俺の』って何だ!『俺の』って!
しかもフルチンで何カッコつけてんだ!
横澤がアワアワしていると、羽鳥がフッと笑って立ち上がった。
やはり腰に手を当てている。
「俺は事実を言ったまでです。
いやらしい目でなんか見てません。
先にいやらしい目で吉野を見ていたのは桐嶋さんの方じゃないですか?
吉野の身体をあれこれと…。
吉野は恥ずかしがり屋なんです。
余計な事は言わないで頂きたい」
「ハッ!よく言うよ。
横澤だって恥ずかしがり屋なんだ。
お前こそ余計な事を言うな!」
バチバチバチバチ。
桐嶋と羽鳥の間に火花が散る。
桐嶋さん…
羽鳥…
自分の姿を良く考えろよ…
フルチンで言い合うことかっ!!
横澤が真っ赤になって脱力していると
「トリ、俺は気にしてないから!
喧嘩すんなよ!」
と吉野の声がした。
横澤が見ると、吉野は羽鳥の後ろから羽鳥にしがみついて、羽鳥の雄を両手で必死に隠している。
吉野の小さな手では羽鳥の巨砲は隠し切れていないが、吉野は何とか隠そうと健気に頑張っている。
……じーん。
横澤の胸に暖かなものが染み渡る。
吉野さんは羽鳥の恥ずかしい姿を少しでも隠そうとして必死なんだ…。
答えは分かり切っている。
羽鳥が好きだから。
だったら、俺も!!
横澤も後ろから桐嶋の雄を両手で覆う。
「桐嶋さん、俺だって気にしてない!
喧嘩なんて止めろ!」
吉野と横澤はこの状況にのまれてすっかり忘れていた。
自分達の肩にはタオルが掛かっていて、それを使えばいいことを。
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