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第1―17話

天然石を使ったという豪華な岩風呂の草津の湯は、楽しげな雰囲気と微妙な雰囲気が入り交じっている。 桐嶋と横澤が並んで湯に浸り、横澤の隣りが木佐と雪名、その前に左から吉野、羽鳥、小野寺の順に並んで入っている。 雪名は切り替えが早いのか、もう草津の湯エッチに拘った様子も無く、木佐やみんなに「この後、皆さんは健康ランドで何するんすか~?」などと明るく話し掛けている。 木佐も草津の湯に浸って、体力の限界を実感していたので、やることはやったしと満足していて、雪名とキャッキャッと次の予定について話している。 そこに小野寺と吉野が混じって、一層話に花が咲く。 羽鳥はせめてもの抵抗として、「吉野は少し湯あたり気味なので」と言って膝に吉野を座らせている。 吉野は最初は恥ずかしがって真っ赤になって嫌がったが、羽鳥に生真面目な顔で「胸から上が出てると涼しさが違うから」と言われ、それもそうかと納得して、羽鳥の膝の上にちょこんと座っている。 吉野を膝に抱いて草津直送の温泉に入れるなんて嬉しい。 だが。 自分から言い出した事とはいえ、羽鳥の雄に吉野の小ぶりの尻がぷりぷりと触れ、このメンバーの中で勃起する訳にもいかない生殺しの状態の羽鳥は、いつにも増して口数が少ない。 そんな羽鳥の心中を知らない桐嶋は、羽鳥が羨ましくて仕方が無いが、横澤がこの場で膝に乗ってくれる可能性はゼロだ。 思わずハーッとため息を吐くと、横澤もため息を吐いた。 「横澤、どうかしたか?」 「ああ…この後のことなんだが…」 横澤が深刻そうに話し出して、それまではしゃいでいた木佐と雪名と小野寺と吉野が一斉に黙る。 横澤が低く続ける。 「政宗の状態じゃ、この後健康ランドのリサーチは無理だと思う。 そんな政宗を放っておいて、遊ぶ気にはなれん。 俺は政宗が動けるようになったら、アイツのマンションに送って行く」 「そっ、そうですよね!」 小野寺がザバッと湯から立ち上がる。 「高野さんが動けるようになっても、リサーチするのは無理ですよね…。 すみません! 俺、皆さんのあのまま寝かせて置けば大丈夫って言葉を軽く考えてました。 俺んちは高野さんちの隣りだし、俺も高野さんに付き添って帰ります!」 桐嶋が微笑んで言う。 「小野寺の体格じゃいくら横澤がいるとはいえ、高野を支えるのは難しいだろう。 俺も付いてってやるよ」 「桐嶋さん…!」 横澤が感激した面持ちで桐嶋を見る。 桐嶋はフッと笑って横澤の頭をポンポンと軽く叩く。 「高野は横澤の親友だもんな」 横澤が瞳を潤ませて、コクリと頷く。 すると今度は木佐が明るく言った。 「じゃあさ、今日はみんなこの草津の湯でハッテ…健康ランドのリサーチは終わりにしようよ! 井坂さんだって重要なのは風呂って言ってたし、こんなアクシデントがあったんだから、他の施設のリサーチが出来なくたって納得してくれるって!」 羽鳥も頷く。 「そうだな。 それにオープンは20日だと言っていたし、他の施設のリサーチが必要なら、また誰かに頼むだろう」 吉野と雪名もウンウンと笑顔で頷いている。 こうして超高級ハッテン場のリサーチは、平和に幕を閉じたのだった。 超高級ハッテン場『Emerald』の前にはタクシーが三台停まっている。 一台目には助手席に小野寺、バックシートには横澤と桐嶋に挟まれた高野がグッタリとシートに沈んでいる。 「それじゃあお先に失礼します。 また4日の仕事始めに!」 小野寺がにっこり笑って挨拶をすると、タクシーが走り出す。 羽鳥と吉野、木佐と雪名も別れの挨拶を交わすと、それぞれタクシーに分乗する。 タクシーに乗ると吉野が大きな欠伸をした。 「吉野、疲れただろう。 今日はタクシーでマンションまで帰ろう。 ほら、寝ていけ」 羽鳥が自分の膝をポンと叩くと、吉野がニコッと笑って羽鳥の膝に頭を乗せる。 吉野の柔らかい髪を羽鳥がやさしく撫でる。 「吉野、今夜は実家から持たされたお節にひと工夫してやるからな」 「え!?ひと工夫って何!?」 吉野がパッと目を開けて羽鳥を見上げる。 「お前、お節は一日で飽きるだろう? だから洋風に味付けを変えてやる。 去年から下調べしてたんだ」 「やったあ!」 吉野が満面の笑みになる。 「それで明日は午前中はゆっくり寝てろ。 それで午後から映画に行かないか? お前が観たがってたやつ」 「え…でも正月だし、混んでない?」 「大丈夫。ネットで座席予約して前売り券も買ってある」 「さっすがトリ!さんきゅ!」 吉野が瞳をキラキラさせて羽鳥を見つめる。 羽鳥はフッと笑って、吉野の目元を大きな手で覆う。 「トリ?」 「だから安心して今は寝てろ」 「ん…」 それから直ぐに吉野は寝息を立てた。 タクシーに乗ると木佐が大きな欠伸をした。 「木佐さん、疲れちゃいましたか?」 雪名がキラキラオーラ満載で訊く。 「…まあな」 あれだけ色んな事があればなー… 木佐は車窓を眺め小さく息を吐く。 つか何でこいつはこんなに元気なんだ? 流石20代… 木佐がとりとめの無い事を考えていると、雪名が照れ臭そうに言った。 「木佐さん、今夜このまま俺んちに来てくれませんか?」 「ん?別にいいけど」 「じ、実は…木佐さんお正月は実家に帰らないし、一人だからお節も食べないって言ってたから…俺、31日にお節料理を作っておいたんです!」 「はあ!?お前、お節料理作ったのかよ!?」 木佐が大きな瞳を更に見開く。 雪名がぶわっと赤くなる。 「その…初めて作ったんで色々ツッコミどころ満載だと思うんすけど、味見してみたらまあまあかなって…。 あ、手作り出来ないものは、買ってきたのもありますけど…」 「雪名…」 木佐も頬を赤くすると、雪名の大きな手をぎゅっと握った。 「木佐さん…?」 「今夜は雪名のお節を食べ尽くそうぜ!! 先に落ちた方が罰ゲームな!」 「はい! あ、でも罰ゲームって何しましょうか!?」 わくわく顔の雪名のキラキラ笑顔が木佐の心臓を直撃する。 だが、木佐はキラキラに負けじと妖艶に微笑むと、雪名の耳元で囁いた。 「やりたいこと、何でもOK」 「えっ!?」 「コスプレでも何でもしてやるよ。 だから雪名、お前負けんなよ」 「は、はいっ!! あ、運転手さん、そこの量販店の前で停めて下さい!」 そして二人はうきうきと量販店のコスプレコーナーへ向かうのだった。 仕事始め、1月4日。 高野は午後2時に出社して来た。 エメラルド編集部で一番遅いのは勿論理由があるので、心当たりがあり過ぎるエメ編の編集部員達は高野に新年の挨拶と仕事の事以外話しかけない。 小野寺以外は。 「高野さん。具合はどうですか? 病院では何て?」 小野寺が高野に会うのは二日の夜、高野を自宅マンションまで送って以来だ。 小野寺は三日は実家に帰らなければならなかったが、それまで高野の看病をしたいと言った。 だが高野は、一人で大丈夫だからと玄関に鍵をかけ、部屋に篭ってしまった。 一緒に高野を連れ帰った横澤と桐嶋にも、そっとしておいてやれと言われ、小野寺は後ろ髪を引かれる思いで実家に帰った。 そしてやっと高野に会えると思ったら、高野は病院に寄って来るからと遅れて出社して来たのだ。 「別に何でもねーって。 足がつったみたいだな」 「足…ですか? でも…」 不審がる小野寺に、エメ編の空気がビシッと音を立てて凍りつく。 その時、木佐の声が響いた。 「律っちゃん! 悪いんだけど、営業部行って、今度ブックスまりも全店でやる共同フェアの販促資料受け取って来てくれないかな? ほら、律っちゃんと俺の担当作家のさ!」 「あ、はい!」 小野寺がパタパタと木佐のデスクに向かう。 高野と羽鳥が木佐を感謝の眼差しで見る 木佐が小さく頷く 。 そして小野寺がエメ編を出て行くと、凍りついた空気が和らいで、皆ホッと息を吐いたのだった。 その頃、社長室では井坂が美濃からのメールを見て、深いため息を吐いていた。

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